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東日本大震災と原発問題をめぐる大学界・言論界の関係者(=知識人?)の発言や動きを見ていると、社会学者としては、ピエール・ブルデューの議論を思い出さずにはいられません。思い出さなければ、社会学者ではないとさえ感じます。

以下、ブルデュー「大学――裸の王様たち」(桑田訳)『ホモ・アカデミクス』(石崎・東松訳,藤原書店)から抜き書きしておきます。とくに解説はいらないでしょう。そのままです。そこに書かれていることが、そのまま今日の日本に当てはまります。飛び交う思想らしきものと言論らしきものが、いったいぜんたい本当は誰のためで何のためのものなのか、いちどよく考えてみるべきでしょう。

ブルデューが言うように、右翼と左翼がグルになっているというのは、今回も本質的なのではないでしょうか。こうした共犯関係があるかぎり、物事が真に前に進むことはないように思います。大変残念です。

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指摘の仕方が問題なのです。たとえば、批判すべき相手が持ち出す理由を原因――ふつうは低俗な利害関心――に還元してしまう、というやり方があります。実にこれこそ、知識人たちの生活の糧になっているものです。また、これにともなって、たえずカタログ的分類が行われています。それは「スターリン主義者」だ、彼は「最後のマルクス主義者」だ、あいつは「知的官僚」だ、等々。これは、一種のジダーノフ主義です。こんなふうにわめきたてて告発した気になっている連中は皆、ジダーノフ主義に眼がくらんでいるわけです。(370頁)

「知識人特有の利害関係」について言えば、マルクス主義者のように、それを「階級的利害関係」に還元することなど、まったく不可能です。つまり、マルクス主義者は知識人たちの「階級的利害関係」ばかり告発するのですが、こうした知識人攻撃は、あまりにおおざっぱすぎて、相手に少しも打撃を与えないのです。大きな砲弾ばかり使うと、なかなか敵に当たらないものです。問題は、左翼にせよ右翼にせよ、とにかく知識人たちには、自分自身の足元が全然見えていないことです。(370-371頁)

知識人は、いうなら、反省のスペシャリストのはずでしょう。ところが実際は、多くの知識人たちは、自分の社会的衝動に身をまかせており、自分をしっかりふりかえることがありません。正直いって私は、その無節操な素朴さには、たえず驚かされ、ショックを受けています。これでは、彼らが、「業務上の過失」を犯している、と考えざるをえないわけです。(371頁)

哲学者の心の中には、知的ナルシシズムの擁護者、しかも最もしたたかな擁護者が潜んでいることがよくあります。私が攻撃しているのは、この擁護者です。なるほど哲学者たちは、「徹底した懐疑」とか、「批判的活動」とか、「脱構築」などをたえず口にします。しかし、既にヴィトゲンシュタインも指摘していたように、彼らは、「何でも疑ってやろう」という信念それ自体は疑わないのです。哲学者たちは、「哲学」という自分たちの学問分野に特別な誇りを持っています。「哲学者は、偏見を持たないという点で、常識的で臆見を持ちただひたすらに実証研究をやっている他の分野の学者たちとは、はっきり異なる」というわけです。私に言わせれば、哲学者たちは、「自分たちには偏見がない」という偏見を持っているのです。(374頁)

しかし、一般の人びともそうですが、とりわけ「哲学者」を自認する人びとは、「公認済」のハンコが押された哲学者、「権威ある」ものとして社会的に承認された哲学者が生産する哲学しか、哲学として認めることができません。私は社会学者ですから、よい位置にいるわけで、こうした現状はもちろんよく心得ています。でも、「哲学することと、哲学を専門的に勉強することとのあいだには、たいへんな違いがある」と言ったのは、カントその人だったのです。(375頁)

政治家が学問研究者を好きになるのは、その学問研究者が死んでいる場合に限られます。(377頁)

そもそも、ひとは分析を行なえば行なうほど、楽観的な気分から遠ざかっていくものでしょう。しかも私の場合は、分析を行なうことによって、敵どうしがぐるになった絶望的な状況を見てしまったのですから、なおさらです。「敵どうし」とは、いわゆる「右翼」と「左翼」のことです。この両者がぐるになっているから、教育システムは、また、そのシステムを支配するためのポストは、「右翼」ににぎられたり、「左翼」ににぎられたりで、まるでシーソーみたいに動くわけです。ですから、「右翼」と「左翼」は、既得権を保持する二つのやり方、つまり教育市場・学問市場でこうむるさまざまな制裁に対して、個人的ないし集団的に身を守る二つのやり方に他なりません。
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正直に言ってわたしも、今回の大震災や原発問題にかぎらず、「反省のスペシャリスト」たちの無節操な素朴さやバランス感覚のなさ、不誠実さや他者への思いやりのなさには、たえず驚かされ、ショックを受けつづけています。

  
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