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拙稿「社会の文化――世界社会の時代における文化の概念のために」が、日本社会学会『社会学評論』62(1): 36-50頁に掲載されましたので、ご笑覧いただければ幸いです。

もうだいぶ前のことですが、大学院に進学する頃からずっとおかしいと思っていた社会学理論の前提を、ひとつはっきりとひっくり返せたと思います。そうこうするうちに(その当時はまだそうでもなかったのですが)本格的なグローバリゼーションの時代になったので、内容がよりいっそう時流に合うようになったとも思います。

ちなみにこの論文の元になっているのは、これまただいぶまえの日本社会学会での学会報告なのですが、そのときはほかに優先的に書かなければならない論文があったので、それから長らく熟成(=放置)させ、少しの紆余曲折を経て、今回の掲載となりました。

以下、参考までに要約を掲載しておきます。

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本稿では,ニクラス・ルーマンによって構想された自己準拠的な社会システムの理論の観点にもとづき,文化と社会の関係を定式化する.従来の社会学理論,たとえばタルコット・パーソンズやアルフレート・シュッツは,社会的なものの成立基盤として人々のあいだの共有文化を想定していた.この発想によるならば,社会とは文化の産物であり,この意味で「文化の社会」である.これに対して自己準拠的な社会システムの理論は,社会的なものを可能にするそうした共通基盤を前提しない.文化は,社会システムを外部からサイバネティックス的にコントロールする永続的な客体などではない.社会システムはまず人々の相互不透明性,つまり二重の偶然性のうえに創発し,それから自身の作動に関する記憶を想起し忘却することで,自らの方向性をコントロールしはじめる.この記憶こそが文化と呼ばれるものであり,それはシステムの作動から自己準拠的に帰結する.よって文化とは,社会システムの作動の副産物という意味で,「社会システムの文化」である.これは,地理的単位としては表象されない脱国家化した世界社会というシステムにも当てはまる.「社会の文化」としての世界文化は,世界社会の固有値としての偶然性である.こう考えることで,社会的なものを文化に先行させて,今日の世界のなかで文化が分化していく現状とそれに付随する諸問題を適切に記述し分析しうる理論枠組が整えられる.


  
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