松本復興相が諸々の発言の責任をとるかたちで辞任したが、その件に関連して内田樹氏がブログに寄せたコメントがたいへん興味深いものであったので、リンクを張っておきたいと思う。

内田樹の研究室「暴言と知性について」
http://blog.tatsuru.com/2011/07/05_1924.php

残念ながらここに書かれているような出来事は、アカデミズムでもよく見かける事態である。
立場的に優位にある者が弱い立場の人間を一方的にこき下ろす、と言う場面を学会や研究会で目にしたことのある研究者は、決して少なくないと思う。というより、それは横行している。自分が分からないものはさも相手が悪いかのような前提で意見を言う者もいるが、これもそうしたタイプに近い。
さらに付け加えると、そうした仕打ちを受けた人間のなかには、なぜか「批判してもらってありがたい」的な納得の仕方をする者もいる。

わたしはどちらも危険だと思う。どちらも権威主義的に歪んだパーソナリティであり、その手の共依存的な権威主義的関係は、学問の進歩を妨げる害悪ですらある。

一日の長のある人間であればあるほど、批判したければもっとずっと穏やかに、相手のやる気を喚起させる仕方でおこなうべきだろう。また、理不尽な仕打ちを受けた方が、それをありがたいなどと思い込みはじめると、いずれ自分が年長になったときに、相手のためだという自己正当化のもとで、同じ理不尽な仕打ちを弱い立場の人間におこなうものである(これも何度も見たことがある)。

そのようにして自分が正しいという前提で、自分が話すことしか考えていない人びとの声が大きくなり、そういうやり方が通りはじめるようになると、まさに学問の停滞が生じることになる。

強調しておきたいのは、どちら側であれそうした理不尽に荷担するのは、若い世代でもけっして少なくはないことだ。パーソナリティが権威主義的であれば、年齢に関係なく生じる事態であるし、じっさいにそこかしこで起こっている。

日本の社会学者たちの知性はいったいどの程度のものだろうかと、ふと思う。
そんなことを書いていたら、以下の本を思い出したのでこれも紹介しておく。

岡本浩一『権威主義の正体』
http://www.amazon.co.jp/dp/4569639909/




  
コメント
コメントする









       
トラックバック
トラックバックURL
→http://balkantraveler.blog7.fc2.com/tb.php/88-e8867420
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)