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東日本大地震、そして福島原発の問題について、いろいろと書きたいことはあったのですが、あえてここ最近は、直接には関係のないトピックについて書き連ねていました。
というのは、今回の出来事についてそこかしこに溢れかえっている批判的・批評家的な言説の合唱に、少し違和感というか、矛盾があるように感じているからです。東京電力や政府、あるいは官僚らの対応にいろいろと問題があったのはたしかなのでしょう。未曾有の大災害・大惨事であった以上、追究すべき点はけっしてうやむやにはせず、はっきりさせる必要があります。
ただ、たんなる批判や批評以上の、日本社会の今後の歩むべき道を示してくれるような、現実的に有効で明確な代替案が提示されていることは、未だにほとんどないように思えます。そうした意味では、批判対象と変わらない無責任体質と見えなくもありません。

福島県出身のかつての教え子がこぼしていたのですが、所属する研究界隈でも、反原発派の方々がここぞとばかりに過剰なくらいに原発の恐ろしさを煽るので、出身者としては聞くに堪えないということでした。風評被害がいまほど公になってくるよりも前の話です。
わたしとて原発に賛成しているわけではありませんが、自分の日頃の高エネルギー生活は棚に上げて、今回の出来事を自分のイデオロギーの道具に使うのは明らかに間違っているでしょう。同様に、批判しやすい相手をここぞとばかりにただただ批判するだけというのも、批判対象と何ら変わらない、あまりレベルが高いとは言えないふるまいのように感じて仕方がありません。

なるほど、我が身は安全圏に置いてとりあえず批判しておけば、けっして自分の名誉は傷つかないでしょう。そして批判が当たれば尊敬され、批判が外れても思慮深さが褒めそやされるでしょう。ですが、そうした向きに対しては、ニーチェの次の言葉を思い出さずにはいられないのです。


孤独を学ぶ。――おお諸君、世界政策の大都会に住むあわれなやつよ。諸君、若くして才能に恵まれ、名誉心に苦しめられている人々よ。諸君はあらゆる出来事に――いつも何かしら起こるのだが――一言するのを義務と心得ている! 諸君は、こういう風にして埃を立てて騒げば、歴史の車になると信じている! 諸君は、いつも耳をすまし、いつも一言投げ入れることのできる機会をねらっているから、真の生産力をすっかりなくす! よしんば諸君がどんなに大事業を切望しようとも、懐妊の深い寡黙はけっして諸君のもとに来はしない! 時代の出来事が、諸君をもみ殻のように追ってゆく。諸君のほうが出来事を追っているつもりだのに! ――あわれなやつよ! ――舞台で主役を勤めようとするなら、合唱することを考えてはならない。それどころか、合唱のやり方すら知っていてはならない。
ニーチェ『曙光』第177節より


  
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