ヤスミラ・ジュバニッチ『サラエボ、希望の街角』。
ベルリン映画祭金熊賞に輝いた『サラエボの花』(原題“Grbavica”)に続く最新作。

2月から岩波ホールで上映していましたが、
大地震の影響でずっと行けずじまいでしたので、
近くに所用で訪れたときに息抜きを兼ねて観てきました。
公式サイトはこちら





映画で示されている内容を見るかぎり、
ボスニア内戦からすでに15年を経て、
いまだ真の復興には至らず、
傷跡は癒えないようです。

あるいは正確には、
新しい分裂が生じている、
と言うべきなのでしょうか。

映画にせよ書籍にせよ、
ボスニア内戦を題材にした従来の作品の多くは、
とくにムスリム人(ボスニア人)とセルビア人との分裂に
焦点を当てていました。

ジュバニッチの前作『サラエボの花』も、
内戦から時を経た「今」が舞台とは言え、
物語の背景にあるのはその対立です。


しかし今回の作品を見て分かったのは、
内戦から時を経た今、過去の分裂がそのまま残されているだけでなく、
さらにムスリム人内部で新たな分裂が生じているという事実です。

従来通り世俗化されたイスラム教徒として生きる人たちと、
戦争の傷跡を癒やすようにラディカル化していくイスラム教徒たち。
そして本人たちの気づかないそれぞれの矛盾が、
ときおり垣間見るように描かれています。

主人公は女性であり、監督自身も女性であるためか、
前作同様、今作も一貫して女性の立場から作られている、
というふうに一見すれば感じるかもしれませんが、
必ずしもそうではないようにも思います。

恋人の男性は、本当はパイロットになりたかった。
しかし戦争がその夢を打ち砕いたのか、
空を飛べないまま管制官として勤務するも、
戦争の傷を癒やすかのようにアルコールに溺れて停職になる。

戦場では優秀な兵士だったという戦友の言葉がありますが、
それはつまり、たくさん殺したということでしょう。
そして、内戦終結から15年が過ぎた今さらになって、
急速にイスラム教にのめり込んでいく。 

戦争で辛い思いをしたのは彼だけではない、
そうヒロインの女友達は言っています。
たしかにヒロインも両親を殺されて家を奪われています。
けれども、女性の側がしなかったような体験を、
この男性は自らの手で下さざるをえなかったのかもしれません。

適切な指摘かどうか分かりませんが、
その男性が不妊症気味だということ、
しかしイスラム教によって救いを得るようになった途端、
いきなりヒロインが妊娠するというところに、
その点が暗示されているように思われます。

だからといって、戦争で死んでいった人たちに代わるような、
新しい生命が産み落とされるかどうかは定かではないのですが……。

ジュバニッチの前作がはっきり女性視点で作られていて、
女性しか体験し得なかったような事柄をもとに作られていたのに対し、
あえて以上のような解釈をするならば、決してわかりやすくはないですが、
今作はむしろ意外なほど男性の視線を取り入れているようにも思います。
それはつまり、多くの場合、殺した側の「今」ということになるでしょう。

なお、おそらく日本人ならほとんどは、
この映画はイスラム教へのラディカル化を批判的に描いていると思うでしょうが、
監督のインタビューにもあるように、敬虔なイスラム教徒が見ればそうは映らないでしょう。
その男性の不妊症が克服されたり、
アルコールを断って健康な生活を送れるようになったといった意味では、
イスラム教のもたらす「救い」を肯定的に示しているとも言えます。
ただ、見えている世界が違うということです。
どちらが正しいとか悪いとかというわけではなく、
そこにはすれ違いがあるということでしょう。

ユーゴ戦争関連の映画は数多くありますが、
旧ユーゴ出身の監督ほど、安直な善悪二元論から距離をとり、
割り切れないそうした機微をうまく描こうとしているように思います。


ちなみにヒロインの仕事はフライトアテンダント。

彼/彼女の仕事場が、ボスニア紛争での最激戦区のひとつであり、
かつ包囲されたサラエボ市民の唯一の脱出口が地下を通っていた、
サラエボ国際空港だというのが、なんだかとても象徴的に感じています。

彼とは異なり彼女は過去にひとつの決別を果たし、
ふたたび空に飛び立とうとします。


日本も大地震を経て、社会が一丸となろうしていますし、
実際にはまだまだ予断を許さない状況ではありますが、
今後、落ち着きを取り戻して、復興という現実に直面したときにこそ、
いろいろな分裂が顕在化していくのは間違いありません。
そこをどう乗り越えていけるかが最大の課題になるでしょう。
そこで社会学者は何ができるでしょうか。


ともあれ、今のサラエボを見に、
またあの地を訪れたいです。

  
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