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去る1年前に熊本県下の高校社会科の先生方を前におこなった講演の講演録が、以下のとおり刊行されました。刊行元の許可を得て以下のとおりPDFファイルで公開します。

多田光宏,2020,「無知の無知を超えて――社会学から見た国民国家と教育」『研究紀要』(熊本県高等学校地歴・公民科研究会)50: 2-38.

高校の先生方の前でお話しをするという、思いがけない講演のご依頼であったこともあり、どういうテーマにしようかしばし悩みましたが、お聞きいただく方を念頭に、日本における学校教育とナショナリズムの関係について、社会学の観点からおはなしさせていただくことにしました。

ちなみに、わたし自身はじつは教育社会学が専門というわけではありません。が、その代わりに本講演では、自分の研究主題を軸にして、社会学の専門家向けの裏テーマとして、教育社会学に(従前とはちょっと違う仕方で)社会学の理論を与える、というようなことも試みています。具体的には、シュッツの知識社会学やルーマンのシステム理論、また拙著で論じた時間概念などに依拠しつつ、学校教育の意味や仕組みの一端を示したつもりです。

さらに、経験的な素材としても、たとえば高校地図帳のナショナリズムといった、たぶん社会学分野ではこれまであまり気づかれてこなかったであろう事柄も扱っています。歴史教科書のナショナリズムについても、従来おそらくあまり指摘されてこなかったようなちょっとした盲点を指摘したつもりです。

準備期間がやや短かったこともあり、学術論文的な完璧さを期することのできなかった箇所も若干残るものの、社会学の専門家の方にもじゅうぶんお読みいただける内容だと思います。

とはいえ、本講演はもともと、社会学の専門家ではなく高校の社会科の先生方に向けられたものです。講演では、100人ほどの先生方を聴衆にお話しさせていただき、少し緊張もしましたが、講演後にはご質問などもいただくことができ、また後日談も耳にしたところによれば、本講演の内容は、お聞きいただいた先生方に高い関心を持っていただけたようでした。じつは本講演は、高校の先生方からすればやや挑発的な部分も含んでいただけに、評判をうかがってまずはホッとした次第でした。

もっと言えば、そもそも本講演は、日本で教育を受けた人であれば誰でも興味を持って聞いて(読んで)いただけるような内容を目指したつもりです。自分が受けてきた(あるいはお子さんが受けている)学校教育が、いったいどのような社会背景を持ってああいうふうになっているのかを理解したい方は、ぜひご一読いただければと思います。昨今の教育改革や入試改革のような、アクチュアルな事柄も扱っています。

ともあれ、まずはご来場くださった約100名の先生方に、あらためて深く御礼を申し上げる次第です。また、本講演の実施ならびに講演録の刊行にあたっては、主催の熊本県高等学校教育研究会地歴・公民部会ならびに熊本県高等学校地歴・公民科研究会の委員の諸先生方に、たいへんお世話になりました。なかでも、本講演ならびに講演録のいわば産婆役となってくださった下川勉先生(第二高等学校)には、格別の感謝を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。


  
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