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 7月6~8日にポーランドのワルシャワ大学で開催された ISA(International Sociological Association) の社会学史部会(Research Committee 08)の中間大会に参加して、発表してきました。題目は “Imagined Linguistic Community: Max Weber and his View of Language”(プログラムのPDFファイルはこちら)。同じくISAの前回大会(横浜大会)で発表した “Language as a Zombie Category of Sociological Theory” (プロシーディングス論文のPDFファイルはこちら)の一部を拡張したものです。
 発表内容はここでは詳述しませんが、発表時の質疑応答のときよりも、むしろ発表後に個別に何人かから発表のことで話し掛けられたのが、自分にとってはちょっと興味深かったです。果たして発表内容が受け入れられたのか否か。いずれにせよ、図らずも今大会では、合間合間で、言葉の問題が浮上することが多かったように思います。アングロサクソン系やフランス系の参加者が少なく、ドイツ語圏や旧東欧諸国の参加者が多いのが、この研究部会の特徴のひとつかもしれません。個人的には、ドイツ語圏や旧東欧で社会学史の研究が相対的に盛んなのは、それらの地域の国々が「後発近代国家」だからだろうと思っています。二番手以降のグループゆえに反省的たらざるをえない、ということです。ちなみに日本では、社会学理論の研究は、実質的には社会学史研究であることが多い。これまた後発近代国家らしい。
 ともあれ、こうした事情にもかかわらず、ISAの公式言語は英語(とフランス語とスペイン語)。ドイツ語圏からの参加者には、このことにジレンマを感じている人も少しばかりいるようです。社会学の古典は多くがドイツ語(とフランス語)で書かれていますし。
 ただ、だからこそかえってこの部会は、日本からの参加者にとっては比較的馴染みやすいようにも思います。社会学史の研究自体が社会学のなかではマージナルで、しかも言語的に多くの人がネイティヴの英語話者ではなく、かつ、数少ない英語ネイティヴはこの部会では逆にマージナル、というわけです。そんなわけか、親しみやすい人が多く、会議後、夜はみなでバーに繰り出し、サッカーの欧州選手権の試合を観戦しながら、銘々にナショナリズムを高揚させて楽しみました。ちなみに、ちょうどイギリスが国民投票でEU離脱を決めた直後だったこともあり、ウェールズ対ポルトガルの準決勝の試合を観ながら、数少ないフランスからの参加者に、「きみらってヨーロッパ人としてのアイディティってあるの」と訊いたところ、「2週間前まではね!」と即答。その場にいたみな爆笑でした。こういうちょっとした生きたやりとりが、学問の一部だと思います。
 なお、ナショナリズムというか、ある意味でいちばん面白かったのは、オーストリアからの参加者たちが、同じく準決勝のドイツ対フランス戦を是が非でも観たがり、「どっちを応援するの」と尋ねると、みながみな口を揃えて「もちろんフランス!」と答えたこと。そんなわけで、けっきょくまたしてもみなでバーに繰り出して試合観戦。そして、フランスの勝利を告げる終了のホイッスルに、うなだれるドイツ人参加者に対して歓喜のオーストリア人という、アンチ巨人ファンにも似たその屈折が、とても楽しい夕べでした。
 ところで、言語の話に少し関連しますが、今回の大会では、本部会メンバーが最近公刊した書籍についてディスカッションするセッションが催されたのですが、それはドイツ語の編著でした。タイトルは Soziologiegeschichite: Wege und Ziel。社会学における社会学史研究の位置づけを探る本であり、再掲論文・独訳論文を含めて、錚々たる執筆陣です。
 セッション後、本書の編者の一人である畏友(というか飲み仲間)のChristian Dayé から「ワルシャワでの思い出に」との書き添え付きで献本を受け、大変感激しました。ちなみに今大会では、同じ日本人参加者である教育社会学者の相澤真一さん(中京大)からも、ご編著『〈高卒当然社会〉の戦後史――誰でも高校に通える社会は維持できるのか』をご献本いただきました。まさか海外で日本語の本をいただくとは思ってもみませんでしたが、気になっていた作品であり、大変ありがたく思います。また、もう一人の日本人参加者である左古輝人さん(首都大)にも、宿もたまたま同じになり、いろいろお世話になりました。その他、各国からの参加者の皆さんにも、この場を借りて感謝を申し上げたいと思います。

 なお、大会終了後、研究の関係で、同じポーランド国内に立地するアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所を訪問しました。これについても、書いているとキリがないので詳述は避けますが、唯一の日本人ガイドである中谷剛さんの解説は、たんに展示自体やユダヤ人差別の歴史についてのみならず、まさに現在の世界や日本の経済の不安定化、ナショナリズムやヘイトスピーチ現象、テロリズムの多発、民主主義という制度そのものにも絡めた、大変に普遍性のあるもので、感銘を受けました。いまが第一次大戦や第二次大戦の前夜に似た状況だと再度強く認識する一方で、折しもその日は参院選当日。与党自民党の勝利で終わったようですが、さてこれから日本はどうなるでしょうか。なお、今回の渡航前後に本学1年生の小さな基礎セミナーで尋ねたところ、受講者7人中、アウシュヴィッツを知っていた者4人、知らなかった者3人であり、また、参院選に投票に行った者1人(全員18歳以上なので今回から選挙権はある)、住民票の都合でやむを得ず棄権した者1人、どのみち行かなかった者5人でした。
 選挙に行くかどうかは本人の選択ですから別にいいのですが、棄権という選択によってもたらされた帰結の責任は引き受けざるを得ず、またそれ以上に、アウシュヴィッツについての基本知識は、英語をペラペラ喋られる能力以上に、「グローバル人材」とやらを育てようと思えばはるかに重要だと思いますが、しかし、半分近くの学生が知らなかったということは、日本の教育行政が悪いのか、私も含めた教員が悪いのか、その両方なのでしょう。ちなみに今回のワルシャワ滞在中、隔世の感と言うべきか、ちょうどNATOサミットが開催されていて、アウシュヴィッツには、サミットを終えたカナダの首相が息子さんを連れて来ていたことを付記しておきます。日本の首相にはアウシュヴィッツ訪問は難しいだろう、なぜならかつてのナチスドイツの同盟国であるとともに、近隣諸国との戦争責任の問題がくすぶっているから、というのが中谷さんの談でした。
 それにしても、首都ワルシャワも、アウシュヴィッツに近い古都クラクフも、とても美しく、風情のある街でした。書きたいことは他にも山ほどありますが、今日はこの辺で。最後に、道中の道連れとなって楽しい彩りを添えてくれた、ベトナム人のVy、日本人のF.Oさん、ポーランド人のKarolinaの3人にも、心から感謝を申し上げたいと思います。

追記 2016/07/20
上で「果たして発表内容が受け入れられたのか否か」と書きましたが、先日、わたしのセッションの司会者の方から、とても面白い発表だったのでぜひプレゼンテーションペーパーを送ってほしい、と連絡を受けました。前回の横浜大会での発表のときはその場で反響がありましたが、今回は、このようにじわじわと反応があって面白いです。いずれにせよ、光栄なことです。

Soziologiegeschichte: Wege und Ziele 〈高卒当然社会〉の戦後史

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