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先日、急遽東京から調査で来熊された、防災都市計画研究所の吉川忠寛先生、市民防災研究所の坂口隆夫先生と伊藤英司先生とともに、益城町を訪れました。途中立ち寄った、熊本市内の避難所の小学校を含め、いろいろな方に地震発生当初から今までの経過についてお話を聞くことができました。本当にご多忙のところ、貴重なお時間を割いてご対応いただいた皆々様に、この場を借りて心より御礼を申し上げる次第です。

以下のリンク先に、現在避難所となっている本学体育館、ならびに益城町の写真をアップしておきました。約400枚あります。一覧になっていて見やすいと思います。

https://www.flickr.com/photos/34319708@N05/albums/72157667239363461/page1

お話をうかがったかぎりでは、たとえばボランティア経験者の方がいたり、地域の結束やつながりの強い地域の避難所では、避難者同士の協力体制と連携が確立されており、避難所の運営はうまくいっている一方で、学校が避難所になっているところでは、教職員がすべてを一手に引き受けざるを得ず、避難者同士の自発的な連携や協力が相対的に薄く、運営側の負担が重く、疲労の色が強いように見えました。いずれにせよ、正確な検証は今後のことになると思いますが。

それにしても、益城町の市街地の被災状況は、声を失うほどでした。多くの家々が一階部分からぺちゃんこに潰れており、そうではない建物も、周辺家屋の倒壊やその危険性に晒されており、それがない場合でも地面がおかしくなっていて、通常の居住はもはや困難な状況です。

ただ、家屋への決定的なダメージは、やはり「本震」によるもののようです。見方を変えれば、これは今回の地震において、その規模の割りには犠牲者数が相対的に少ない理由のひとつと言えるかもしれません。つまり、前震発生後に避難していたため、本震による家々の座屈・倒壊の下敷きにならずに済んだ、という方が少なからずいらっしゃるようです。


ともあれ、本当の正念場はまだこれからです。
余震こそ少なくなってきましたが、まだ予断は許しませんし、いずれにせよ、復興復旧がどうなるかはまだ分かりません。やれるところからやる以外にはないのでしょう。ともあれ、まずはいまも避難を余儀なくされている多くの方々が早く平穏な生活を取り戻せることを祈るばかりです。


  
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