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スレブレニツァ虐殺20年の式典 セルビア首相に投石も
http://digital.asahi.com/articles/ASH7C3589H7CUHBI013.html?ref=yahoo

日本ではあまり注目されていませんが・・・。
海外のニュースではかなり時間を割いて報道していました。

以前、この地で、生き残りの男性と会ったことがあります。わたしと同じ年くらい。何かつねに妙な焦燥感に駆られているように見受けられました。サラエボなどでも感じますが、見知った相手との過酷な内戦が人びとに与える心的ダメージというのは、ちょっと想像を超えているところがあるように思います。

ちなみにそのときは、集落のほうに出ようと相乗りタクシーに乗ったら、運転手と後部座席の四十代くらいの男性がセルビア人、助手席の老婆がムスリム人で、仰天しました。結局、おたがい他に行き場がないということでしょう。なおそのセルビア人のふたりは、ボスニアにはまったく帰属意識がありませんでした。普通に話していれば気のいい人たちでしたが、年齢的に、あの内戦とどうかかわったのか気になりました。

それにしても、スレブレニッツァは、年々象徴的な意味を増しているような気がします。あのときはサラエボでも「スレブレニッツァを忘れるな」という落書きを2箇所で見掛けました。それより前にはなかったと思います。

2回目にサラエボを訪れたときは、ショッピングセンターなどができていて、良くも悪くも消費主義が人の心を癒やしているようにも見えました。少なくとも、街の雰囲気はずいぶん明るくなっていて、宿のおじさんとも喜び合ったのですが、その反面、若い世代のほうがむしろ他民族(とくにスルプスカ側)とは心理的に分断・反目しているようでした。正直、このまま力で押さえ込めるとは思えません。コソボもそうでしたが。

バルカン全体、とくにセルビア(コソボ含む)とボスニアがEUに入ってしまえば、ある程度問題が緩和する可能性もあると思うのですが、そもそものEU加入へのハードルに譲れない部分があるので、何とか緊張が高まらないことを祈るばかりです。

追記
一昨年度、所属コースの当時の3年生相手のいまは亡き「総合演習」という授業でユーゴ問題を取り上げました。そのときの学生のひとりが、あの授業で興味をもって、昨年1年間のドイツ留学中にサラエボを訪れたというのは、さいきんもっとも嬉しかったことのひとつです。


追記 2015/07/13
Here are The Faces of Thousands Who Died In Srebrenica
http://www.rferl.org/fullinfographics/infographics/27114531.html#


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