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 香港でこの9月からつづく雨傘運動(Umbrella Movement)の現在の拠点である、金鐘(アドミラルティ)、旺角(モンコック)、銅鑼湾(コーズウェイベイ)の3箇所を訪ね歩いてきた。わたしは今回の運動について新聞報道レベルの知識しかなかったが、そのぶん現地で歩き回り、話を聞き、一から事態の背景を探ることができたと思う。アドミラルティでは運動参加者たちに混ざってテントで2泊させてもらうこともできた。
 以下、誰かの何かの参考になればと思い、見聞きした話や雑感を記しておく。ただし、あくまで香港や中国などの専門的な研究者ではない人間によるものであるということはお断りしておきたい。間違いや事実誤認があればご指摘いただけると幸いである。

 さて今回の運動についてだが、立教大学の倉田徹氏が指摘するとおり(「<香港デモ>民主派『怒りの占拠』の背景は――民主主義がアイデンティティに」)、香港行政長官の民主的選挙をめぐる単発事象ではないことが、参加者の話を聞いていてよく理解できた。背景にあるのは、香港社会の「中国化(Chinalization; Sinicization)」である。上述のとおりわたしは香港や中国の専門的研究者ではないので、あくまで聞いた話としてだが、ざっとまとめると、中国からのマネーの流入により住居をはじめとした物価が上昇している一方で、とくに若年世代の賃金は低いままであり、経済格差・生活格差が拡大している。しかも経済面だけでなく、学校教育面でも、広東語から北京語への転換という言語政策までも含めた教育内容の中国化、また政治面でも、行政上層での汚職の公然化という中国化がある。
 挙げ句、これは運動の今後の経過を見守るうえで念頭に置くべき点だと思うが、マスメディアまでもが中国化しているようである。つまり、多くのメディアが中国政府寄りの報道体制になっているという(NHK放送文化研究所「RSF発表の『報道の自由度ランキング』中国本土・香港・台湾で継続的に“悪化”」も見られたい)。ある参加者の話では、香港メディアのじつに9割方が中国政府寄りとのことであった。この数字は極端かと思いきや、街頭で配布されている多数のフリーニュースペーパーによる雨傘運動の報じ方から察するに、たしかに信憑性がある。見たところ、キリスト教系の新聞など一部をのぞいて、今回の運動については大きな事態が生じないかぎりは無視するか、あるいはネガティブキャンペーン的な論調が多いように感じられた。また、にわかには信じがたいが、運動参加者1人が複数の警官に公園の片隅に引きずり込まれて殴打された暗角(Dark Corner)事件についてすら、それを報じた現場の人間が当該メディアの上層部によって処分を受けたとの話であった。これらが真実なら、香港では言論の自由はすでに実質的には封じられていて、いわば黒社会(ブラック社会)化していると言える。一国二制度はもはや有名無実になりつつある、というのが運動の原点のひとつであろう。
 実際のところ、ちょうど昨晩から今日にかけて、香港市民の7割がデモに反対というニュースが日本でも流れたが、この結果は個人的には少し疑わしいように感じる。たとえば、この調査は電話調査とのことだが、言論封殺が存在する空間において、電話調査で真の意見が語られるとは思えない。仕事やビジネス上、中国本土に大きく依存している人の数も少なくないはずなので、なおさらである。またモバイル化の進んだ今日、電話調査では、やり方次第で世代構成に実際以上に大きく偏りが出るだろう。総じて中高年世代の意見に結果が左右されてしまうように思われる。
 もとより大学進学率が2割程度という香港の現状では、若年世代だけで見ても内部には大きな差異がありうるのであり、相対的に恵まれている理想主義的な大学生や大学生予備軍のエリートによる運動と捉えられている可能性はたしかにある。ただ、短い滞在期間中ではあったが、アンチ雨傘運動派との散発的な「口げんか」はあるものの、今回の運動は総じて平和的におこなわれており、一般市民の関心も高く、動向を静かに見守っているとの印象を受けた。たしかに今回の運動は学生メインだが、じつは参加者には三十代から六十代あたりまで幅広い層と多様な人材が一定程度おり、物資やらノウハウやらをサポートしている(たとえば道路のバリケード封鎖の手法は本格的で、これは専門家がいるからできたことである。また、欧米など海外からの参加、天安門事件での亡命者からの参加もある)。もとより社会人はこうした運動への参加は時間的に難しいものだが、夜になるとスープやハーブティ、果物などをボランタリーに配って歩く非学生の人たちがおり、また職場によっては今回の運動参加に理解があるそうで、仕事が終わって夜に来て見て回ったり、人によってはそのまま泊まり込んで午前中いっぱい滞在したりする人もいた。
 運動自体もじつによく組織化されている。全体を統括する明確なリーダーがおらず(リーダー不在の運動という点は参加者の誇りとなっているように思う)、かつ複数の学生グループが存在し、男女ともに泊まり込むなかで、よくここまで秩序を保っていると感心するところがある。運動そのものがオープンで、おそらくスパイや攪乱者も簡単に入り込めるし、またわたしのような完全な部外者まで泊まったりするのだから、なおさらである。聞いたかぎりでは、小さな盗難事件などはあったそうだが、外部からの盗難目的の人間の仕業の可能性もあり、むしろその程度で済んでいるという印象である。ちなみに今回の運動は、理論的には大学教員たちによって1年前から計画され、あらかじめ周知されていたとはいえ、香港の学生たちを横断した2つの組織によるアナウンスを通じて(そして行政側の「アシスト」もあって)、相当スピーディに展開されたようである。SNSなどのソーシャルメディアが、広範ながら水平的な運動の展開と維持を可能にしているようである。
 なお、運動内部での分裂や路線対立は、現時点では、報道されているほど深刻ではないように感じる。もちろん、最終的にどう決着をつけるのかをはじめとして、意見の相違は存在して当然であり、「広場投票」をめぐる混乱があったのは事実であろう。また、今後さらに膠着状態がつづいたり、政府による強制排除がおこなわれたりすれば、運動の性質そのものに大きな変化はありうるが、ここまで長期間にわたって秩序を維持しているのだから、今はそこだけを取り上げてあれこれ言うことではないだろう。むろん運動を一方的に理想化するつもりはないが、参加者が出すゴミの分別やリサイクルの徹底化、アイデア溢れる各種デコレーション・張り紙・垂れ幕の作成、さらにはスマホやパソコンの充電ステーションや、学生としての「本分」を全うするための自習室の設置(大学はちょうど試験期間だそうである)など、大いに創意工夫を発揮して運動を展開している。これらの創意工夫は、とくにアドミラルティでは日々目に見えて分かるほど進化・増殖している。またアドミラルティでは、泊まり込みのテント数も増えているように感じる(少し実数より多いようには思うが、ある参加者のカウントによれば、アドミラルティだけで現在2000以上のテントが展開していると言う)。加えて、おそらくは中国本土からも含め、世界各地から観光客・見物客も連日来ていて、応援のメッセージなどを寄せる人たちも多く、その数もやはり日増しに増えている。
 ただ、政治・経済の中心地でいわばビジネス街であるアドミラルティとは異なり、そこから分断されたコーズウェイベイ、および九龍サイドのモンコックは、どちらも占拠エリアの規模が小さいうえにダウンタウンの市街地ど真ん中であり、海外からの訪問客は少ない代わりに香港市民による衆人環視というストレスがあり、アンチ雨傘運動の人びととのコンフリクトも含めて相対的に緊張度合いが強く、平均年齢も相対的に若い参加者たちにはやや疲労の色が見えて、今後が心配ではある。実際モンコックでは、すでにアンチ運動派との大きなコンフリクトを経験しているため、占拠エリアの四方の道路を警察が固めているが、警察はもちろん雨傘運動の味方と言うわけではなく、むしろこれまでの経緯からすれば、ギャングを含めたアンチ運動派と何らかのかたちで結びついているものと考えざるをえない状況である。ちなみに現在、香港の街頭では、ところどころでそうしたアンチ運動派による署名活動が展開されているが、180万人(香港の人口の4分の1)もの反対署名を集めたと報道されるほどの勢いは、どう見ても感じられない。行き交う一般市民の目からは、明らかに「少し怪しい人たち」といった印象である。わたしもそれら署名集めの人と少し話をしたが、今回の雨傘運動のことを理解しているのか、そもそも香港人かどうかからして、やや疑わしい点が残った。
 なおアンチ運動派による活動は、街頭だけでなく公園などでの大きな集会もおこなわれている。雨傘運動のせいで仕事(お店など)の売り上げが落ちるなどで生活が苦しくなっている、だから学生たちは道路占拠を解除すべきだという主張であり、なるほど運動の正当性からすれば無視はできないが、ただ、アンチ運動派がこうした大きな集会を開けるのも、背後に何らかのバックアップが存在するからだと見るべきだろう。また、いろいろ聞いたところによると、雨傘運動のために本当にどれくらいの人の生活に悪影響が出ているかについては、多少疑わしいところがあるようである。各エリアでの占拠による市民生活への直接的な影響という点では、おそらく交通渋滞(もともと渋滞するようだが)レベルであり、少なくとも現在の膠着状態下では、近隣の店舗経営等にはそこまで直接の悪影響があるわけではなく、場合によっては運動参加者たちが食事をするなどしてかえって儲かっているケースさえあるとのことである。香港全体として見て観光へのダメージは大きいかもしれないので、これは考慮する必要があるが、すでに報道されているとおり、アンチ運動派の背後関係にはいろいろ良からぬ噂があるので、その点も精査されてしかるべきだろう。いずれにせよ、乙武洋匡氏も指摘しているが、少なくとも運動と市民のあいだに分裂があるといった報道は、多少割り引いて受けとめる必要がある。上で示唆したとおり、現地のマスコミの報道姿勢にある種の操作が加えられていないか、問われてしかるべきだろう。
 ともあれ今回の運動は、「香港人」というアイデンティティをめぐる闘争でもあり、亀裂は明らかに中国本土と香港アイデンティティとのあいだにある。そのことは、運動参加者たちの作成した各種ビラが「香港人」を強調していることからも理解できた。ちなみに今回、香港独立という意見こそ、少なくともわたしは耳にしなかったが、参加者のなかには半ば冗談めかして、現状なら中国よりもイギリスに帰属先が戻ったほうがいいという声もあった。これは特別な意見ではなく、運動から距離を置く人びとにとっても、中国本土との一体感はおそらく希薄である。また、上で香港経済について簡単に触れたが、日本人駐在員の友人から聞いたところによると、急速な経済発展中の中国本土よりも、税金の安さなどもあって、じつはモノによっては香港のほうが物価安の面もあるようである。これは少し穿った見方をすると、香港という都市の経済的威信が低下し、中国の一地方都市になりつつあるということでもあるかもしれない。実際、在香港の日本人駐在員の数にかぎって見ても、いまでは日本企業の事務所は中国本土がメインとなっているため、この十年ほどで半減とのことであった。香港というコスモポリタン都市そのもののアイデンティティが、変容を迫られているのは間違いない。そういう底流から噴き出したマグマが、今回の雨傘運動であろう。
 ただ、今回の運動が文字通り「革命」として成功するかどうかは、中国政府・中国共産党という組織のメンタリティ、ならびに、ますます巨大化する中国の経済力から考えれば、けっして容易なことではないし、もとより何をもって成功とするかについて参加者間での意見の一致さえも難しい。中国政府と雨傘運動とがおたがい引けない状況で、ソフトランディングできるかどうかも定かではなく、いちばん望ましくない事態は、中国本土と香港とのあいだではなく香港内部に大きな亀裂が入る(そしてその割りを運動に参加した若年世代が食う)ことだろう。だがそれでも、香港のような世界都市の主要エリア3箇所の六車線(片側三車線)道路を封鎖し、強権的な政府を相手に1ヶ月以上にわたって平和的に占拠しつづけているという事実だけを取っても、間違いなく歴史的な運動と言えるものではあると思う。そして、自分たちの運動が「歴史的」なものだというのは、参加者たちの強い自意識でもあるようだった。滞在中、彼らからは、「この歴史的な運動にようこそ」と言われた。そこには少しアイロニカルな響きがないわけではなかったが、一国二制度の残り時間がすでに三十年ちょっとを切ったこのタイミングで、自由と民主主義という大義を掲げて戦っていることに、大きな自負も感じられた。はからずも中国という異質な政治制度に取り込まれたなかにあって、自分たちが歴史を作るという自負である。興味深いことに、中国本土でも雨傘運動を支持するデモがおこなわれて逮捕された人たちがおり、その意味ではじつは、狭義の香港アイデンティティを超えた「中国の香港化」が、運動にとっての真の決着地点になるのかもしれない。その答えは、どんなに遅くとも三十数年後には、かならず明らかとなる。

 さて、わたし自身も恥ずかしながらこれまであまりよく知らなかったが、香港は、日本との因縁が浅くない。たとえば、「はい」という返事の言葉を明治期に広東語から日本語(日本の軍隊)へと導入したきっかけの地が香港だそうで(それまで日本語に「はい」という返事の仕方はない)、また戦時期は、1941年12月から1945年8月までの3年8ヶ月間、日本による侵略と占領も経験している。そして今回、幸いなことに、からゆきさんのお墓を訪れることもできた(からゆきさんは熊本出身者も多い)。また今回の滞在では、昨今の日本でのカジノ導入議論のこともあって、マカオの現状なども見て歩くことができた。すでにラスベガスを凌駕していると言われるマカオ。中国人観光客が溢れかえり、カジノやショッピングモールを併設した巨大で異容なホテルが立ち並び、なおさらなる施設の建設ラッシュがつづくその姿は、実物経済によるものではないだけに現実感がなく、日本のバブル期のイメージそのものがさらにスケールアップして展開されている有り様を目の当たりにして、他人事ながら先行きに一抹の不安を覚えずにはいられなかった。中国経済が失速したとき、はたしてどうなるだろうか。
 この件については今回は書いている余裕がないが、ともあれこの滞在中、例によっていろいろな人にお世話になった。なかでも、香港とマカオを社会経済事情の解説つきで案内してくれた幼なじみのN、ならびに、雨傘運動の現場をこれまた経緯から裏事情まで解説つきで案内してくれた香港の闘士Hに、この場を借りて心より感謝を申し上げたい。そして香港の行く末を見守りつづけたいと思う。

追記
ちょうど以上のブログを書いた時点(11月6日)で届いたHからのメールによると、昨晩モンコックでひとりが警官に向けてカメラのフラッシュを使用したことで、数人が警官に殴打され、うちひとりの学生が脚の骨を折ったという。この件に関して、いまのところ日本での報道は見当たらないようである。


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