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専門的な研究者の方はすでにご存じのとおり、ニクラス・ルーマン『社会の社会』の翻訳書が、この秋より法政大学出版局から出ています。原著は下記の通り。
Niklas Luhmann, 1998, Die Gesellschaft der Gesellschaft, Frankfurt a.M.: Suhrkamp.

もともと原著自体が、上下2巻本で総計1100ページを越えるシロモノで、翻訳書も計1600ページ以上に達したことを考えれば、原著公刊から11年後の翻訳出版はむしろかなり早い仕事だと思います。訳者のおひとりによれば、この本の翻訳としてはおそらく世界で最初のものとのこと。これだけの分量のものを、たいへん分かりやすい文章で訳された、馬場靖雄・赤堀三郎・菅原謙・高橋徹の四氏には心より感服します。

さて、こうした翻訳書公刊などを受けて、社会学の理論をさらにどう発展させるかがあらためて考えられなければならないでしょう。社会学理論の「日本式経営」ではもうやっていけそうにないことは明白なので、せっかく日本語で読めるようになったこの大著から、使えそうな言い回しをとってきて自分の議論を正当化する権威付けに使うだけとか、目新しそうな概念の解説を書いて終わるとか、現実に当てはまりそうな部分だけを適当に応用してみるとか、あるいは重箱の隅をつつくような自己目的化した概念談義を全体/部分-図式で展開するだけで
は、この翻訳書が浮かばれません。

何よりもまず重要なのは、このシステム理論自体をあらためて学説史のなかにどう位置づけることができるかを考えることでしょう。このばあい、外在的な視点から、他の理論家との単なる似てる似てないだけを論じても意味がありません。そうではなく、この自己準拠的な社会システムの理論自体をひとつのシステムとして、そのパースペクティヴから、環境である他の諸理論を観察するということです。そしてその意識のもとで、このシステム理論の基礎についての批判的な検討や整備も、あらためて必要になるはずです。崇めたてまつる無謬主義はもう許されない時代です。

現代の世界社会の流動化という状況において、このシステム理論は、おそらくもっとも説明力の高い社会学理論だと思います。理論のための理論ではなく、社会学のための理論としての意義が広く理解されるためにも、たんなる思想遊戯ではない、学説史に対しても現実社会に対しても広い視野に立った研究を進める必要があると考えています。そしてこの理論自体が、そういう姿勢を求めており、また理論化しています。

それなりに値段もしますが、これまでの社会学の理論研究を総決算するという意味でも必要な書物であることは、学説史的な経緯として序文の冒頭を見ても分かりますから、社会学者の皆さんはぜひ購入してご一読することをおすすめします。

ふたりを見かけた。

スコピエ(マケドニア)22枚およびソフィア&リラ(ブルガリア)21枚の写真をタイトル画像に追加しました。フォトアルバムの完成はまだ少し先になりそうなので、しばらくこちらをクリックして楽しんでください。

意外とウマイ。

ローマ時代の遺跡が多く残るドイツのトリーアは、かのカール・マルクスの故郷。そういえば今秋はベルリンの壁崩壊から20周年でもあります。彼の目には昨今の世界同時不況や格差社会化の進行はどううつるでしょうか。