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先週4月14日(日)に、かねてより予定していた、昨年度調査実習の打ち上げをおこないました。
器用かつノリのよい人たちばかりの実習であり、今回は、手作り餃子、生ハム原木切り出し、手作りチーズフォンデュ、アルデンテ素麺という、いずれも絶品かつ豪勢な会となりました。

そして当日は、奇しくも熊本震災(前震)発災の日でもありました。
この調査実習のメンバーは、入学したてで、多くが熊本に出てきたばかりの1年生のときに被災しました。わたしも安否確認で、顔と名前もまったく分からない中、彼/彼女たちに電話をかけて回った覚えがあります。あれからまだ3年しか経ってないということに少し驚きも感じますが、復興は、まだ道半ばです。当時のことを偲びながらの会でもありました。

ともあれ、ハードながらも楽しい調査実習でした。
各人、進路を決める時期ですが、持ち前のガッツで乗り切ってほしいと思います。

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研究上の都合で、先の3月後半、アメリカに行ってきました。遅ればせながら初の訪米でしたが、社会学者としては、多少なりとも人生にこなれたこの年齢で、しかも現大統領の誕生から揺れ続けているこの時期に、初めてアメリカという国を体験したのは、むしろ良かったように感じています。
訪米の主たる理由は資料収集であり、予想以上の成果がありましたが、それ以上に、滞在中さまざまな偶然からいろいろな人たちと知り合い、アメリカ社会の諸々のリアリティを教えてもらい、また体験できたのが、最大の収穫だったように感じます。この「新世界」の普遍性と特殊性の双方が、身に迫って分かったような気がします。
最初から最後まで想定外のことだらけで、あまりに密度の濃い時間でした。その一つ一つのエピソードをここに記す余裕はありませんが、今回の訪米は、どこか深い部分でわたしの研究生活上のターニングポイントになるような予感がしています。
まずは今回の訪米のきっかけを与えてくれた友人のWangさんに深く感謝を申し上げるとともに、Valeriu、Michael、Heflin、Aires、Wi、Abu、Mediombo、ならびに、資料収集にあたってお世話になったHarvard University Archives、The Jewish Center、National Archivesのアーキビストの方々に、心から御礼を申し上げたいと思います。

ニューヨーク行きのバスのなかでイチロー引退を知り、帰国した途端にこんどは新元号発表。ともあれ今年度もがんばります。

2019/04/04 追記
1)そういえば、アメリカの共産主義者の皆さんも、ありがとうございました。まさかアメリカで本気の革命家たちに遭遇してその熱い思いを聞く機会に恵まれるとは思ってもみませんでした。が、今回の訪米で、アメリカがもともと革命の国であるという念を強くしました。ある種、別のかたちの共産主義国家のように感じています。
2)下の写真の配置を少し修正して、見やすくしました。

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この2018年度に担当した社会調査実習の報告書が刊行されました。タイトルは、『「グローバル化」を生きる大学生たち――スーパーグローバル大学採択校における「外国語ならびに海外に対する大学生の意識と経験等に関する調査」報告書』です。

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このボーダレス時代において、国連やユネスコが国際社会の平和共存のために「グローバル市民性」の涵養を唱えているのとは対照的に、現在の日本の内閣は、教育振興基本計画等においてやたら「世界で戦える人材育成」を謳っており、ほとんど学徒出陣さながらの総力戦状態です。

そしてその戦いの武器とされるのが英語であり、ご存じのとおり2020年度からは、新学習指導要領による小学校の英語教育の早期化や教科化が完全実施され、大学入試でも従来のセンター試験が廃止されて、英語での「聞く」「話す」のいわゆる「コミュニケーション能力」を測るために、英語の民間試験の活用されることになっています。

ちなみに高等教育自体が、すでにこの手の政財官一体のグローバル化政策に完全に巻き込まれています。その最たる例が、2014年に公募された「スーパーグローバル大学創成支援事業」でしょう。この新自由主義的な「選択と集中」型教育政策では、じつは本学も「スーパーグローバル大学」の一校に採択されており(タイプB「グローバル化牽引型」24校の一つ)、すでに2年前には「グローバルリーダーコース」と呼ばれる英語中心の特殊な教養教育コースが創設され、さらには2023年までに教養教育の半分の授業を英語で実施するという目標を掲げるなど、渦中の只中におかれています。


しかし、政財官のそうした鼻息の荒さのなかで、「スーパーグローバル大学」採択校において、当の学生たちはいったい外国語や海外に対して実際にどのような意識や経験を持っているのか。わたしが今年度担当した調査実習は、この問題意識で始まりました。

そもそも今の大学生たちは、小学校時代からすでに「外国語活動」を経験するなど、教育現場の混乱と疲弊を眺めながら、つねにグローバル化への対応を求められてきた世代でもあります。政財官、そしてさらには学までもがやたらと押しつけてくる「上からのグローバル化」圧力に対し、当人たちの見ているリアリティはどのようなものかを明らかにしようというのが、今回の調査趣旨でした。

このようなわけで、本学をサンプル校に量的調査を実施し、本学学部生7000人の1割を超える900人強からデータを収集して、多変量解析やテキストマイニングで分析したのですが、先行研究のレビューや調査票の設計に始まり、調査票の配布と回収、データセットの作成と統計解析、各自12000字以上の論文執筆、報告書の編集に至るまで、例によってきわめてハードな実習となりました。が、学生たちは、本当に最後までよく頑張ってくれましたと思います。とりわけ統計解析は、本学の調査実習ではきわめて珍しく、じっさい学生たちにとっても事実上ゼロに近い地点からのスタートでしたが、一致団結して大変な力作を作り上げてくれました。

このような多大な努力の結晶である今回の報告書は、以下のリンク先のサムネイルからダウンロードいただけます。なお、所収の各論文には、英語タイトルと英文要約(むろん論文執筆者である各学生が自身で作成)も付けてあります。英語は、手段であって目的ではないということを、いちど教育関係者も認識する必要があるだろうと思います。どうぞご笑覧ください。
http://mitsuhiro-tada-sociology.com/research/research.html#researchreports


それにしても「選択と集中」型の教育行政は、個人的にはもう末期という気がしないでもありません。昨年明るみに出た、文科省局長の子弟が大学医学部に不正入学した事件は、起こるべくして起こったと言わざるをえないでしょう。そもそも、19世紀型の社会ダーウィニズム流の「選択と集中」は、イノベーションの芽を潰すだけで、理論的にもうまくいきません。さらに示唆的なのは、アメリカやイギリスといった、英語を母語とする新自由主義の先陣グループがむしろグローバリゼーションに背を向け始めていることです。機械翻訳の性能も急激に向上していますから、「目的としての英語」は、もう時代遅れになりつつあるように思われます。

平成もまもなく終わります。ここで思い返しておきたいのは、その前の昭和の時代における総力戦です。ナショナリズムは煽れども、まともな作戦はなく、物資も足りず、他国にも甚大な被害を及ぼしながら玉砕に走り、最終的に敗戦しました。さて、新元号のもとではどうなることやら。またもその愚を繰り返すのでしょうか。そして、愚を繰り返したときの責任を誰がどのように取るのでしょうか。


ともあれ、今回の調査で回答してくれた904人の本学学部生の皆さん、調査票の配布にご協力くださった諸先生方、その他、お力添えをいただいた皆さんに、この場を借りて深く御礼を申し上げる次第です。本当にありがとうございました。

そして、本実習メンバーの皆さんの労を、あらためて心からねぎらいたいと思います。本当にお疲れさま。わたしは学生に恵まれました。打ち上げ(生ハムとラクレットチーズ?)を楽しみにしています。


追伸
本コースの4年生の皆さんも、一足早いですが、ご卒業おめでとう。昨年度のわたしの在外研究もあってあまり接点がなかったのは残念ですが、とくに卒業論文は、副査として楽しく読ませてもらいました。グローバル化の進展や人工知能の発達が著しいこの激動の時代だからこそ、政財界の思惑に振り回されることなく、変化のなかでも揺るぐことのない真の地力をまずは培ってください。皆さんの今後ますますのご活躍を心より期待しています。


昨秋の宮崎ゼミ合宿が機縁となって、沖縄研究・宮崎研究等で著名な熊本博之先生(明星大学)が、拙ゼミに先日おこしになりました。

宮崎合宿の準備にあたっては、とくに熊本先生のご高論を中心に勉強させていただいたこともあり、また、わたしと熊本先生が同じ大学院の一学年違いのほぼ「同期」であったという気安さに加え、何より熊本先生の気さくな人柄もあって、ゼミ生たちは勝手に親近感を覚え、初対面なのに、宮崎の印象や振興策について、ここに書くのがはばかれるような好き勝手なことを言いまくりました(笑)。熊本先生にはお詫びとともに、拙ゼミにおこしいただいたことにあらためて深く御礼を申し上げます。学生たちにとって大きな刺激となりました。

またその後の「懇親会」では、お忙しいところ、同僚のM浦先生とM野先生、さらには、沖縄の基地問題をテーマに、熊本先生のご高論で勉強させていただきながら独自の着眼点でじつに13万字オーバーという空前絶後の卒論を書いた拙ゼミ卒業生のM島さんもはるばる遠方より駆けつけてくれて、深夜まで爆笑つづきの楽しい時間となりました。これらスリーMの皆さまにも、あらためて深く感謝を申し上げる次第です。

というわけで熊本先生、どうぞまた熊本に!

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※懇親会の写真を撮影し忘れました。みなさんスイマセン。


ゼミ&調査実習の忘年会。
恒例の蒸し牡蠣(今回は20キロ)とジンギスカン(2.5キロ)。
さらにおでんとエールビール。
よく食べました。

ともあれお疲れさま。
新年にまたお会いしましょう。

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 先の10月13-14日の日程で、ついに宮崎市にてフィールドワークのゼミ合宿をおこないました。「ついに」というのは、これまで何度も合宿候補地として挙がりながら、ゼミ生に宮崎出身者がいるなどの理由で、訪れていなかったからです。わたし個人としても久しぶりです。
 ちなみに、熊本市と宮崎市のあいだに鉄道はなく、高速バスで3時間半ほどかかります。隣県とは言え、両市が九州の東西にある上に、意外に南北差もあるためです(参考までに言うと、公共交通機関を使った福岡市から宮崎市への最短陸路は、九州新幹線で熊本県の新八代駅まで行き、そこから高速バスに乗り継ぐというルートです)。

 ただ、宮崎が長らく交通網の整備という面で取り残されてきたのは事実です。驚くかも知れませんが、北九州市から大分県を抜けて宮崎市まで東九州自動車道が直結したのは、まだ2年前のことです。東海道新幹線に遅れること約半世紀後にようやく全線開通した九州新幹線の福岡~熊本~鹿児島ラインに比べても、率直に言って、さらに開発が遅れた地域です。東九州自動車道の構想自体は昭和40年代に遡るそうですが(2018年8月の産経新聞の連載「平成の高速道路はこうして生まれた」〔1〕〔2〕〔3〕参照)。

 とまあ、書いているとキリがありませんからこのあたりにしておきますが、「宮崎をどげんかせんといかん」というフレーズで注目を集めた東国原英夫知事(2007-2011在任)の誕生の背景には、こうした事情があると言えます。

 というわけで、失礼な言い方になるかもしれませんが、「近代化のなかで取り残されたいわば周縁/辺境地域を調べ歩く」というのが、今回のテーマでした(実際には今回に限らずだいたいいつもそれがテーマですが)。
 また、ご存じかもしれませんが、宮崎はいわゆる「神話のふるさと」として、一種のナショナリズムとスピリチュアリズムを(再)観光資源化しようとしている点でも、興味深い場所です。いわゆる第一の近代における工業化(ウルリヒ・ベックのいう単線的近代化)に取り残されたことで、大都市部からの観光客を呼び込むべく、ありとあらゆるものを資源として動員しており、そのなかには太陽と海も含まれています。かねてからの南国イメージは有名ですし、現在の宮崎県PRのキャッチフレーズは「日本のひなた」です。「神話の時代から日向と称されてきた」ということだそうです

 例によって本年度前期から関連文献を読み込み、フィールドワーク地点の狙いを定めてゼミ生たちが計画を立て、万全の準備で現地に赴きました。宮崎の現状等々を理解する上では、熊本博之先生(明星大学)の論文「大淀川から一ッ葉へ――宮崎観光の分岐点と『約束された破綻』」(明星大学社会学研究紀要34: 1-14, 2014年)や、「なぜシーガイアはつくられたのか?――リゾート法と宮崎県の共振」(明星大学社会学研究紀要35: 23-38, 2015年)など、複数の論文をみなで講読して勉強しました。

 やはり現地に行ってみるといろいろな発見があり、そこかしこに垣間見える岩切章太郎の影に驚かされましたが、他にも、今回知ってちょっとビックリしたことのひとつは、たとえば、野球の宮崎フェニックスリーグというのが10月中に入場無料で開催されており、そこには、日本のプロ野球のファーム(イースタンリーグとウエスタンリーグ)のチームのみならず、サムスンなど韓国プロ球団なども参加していることです。巨人をはじめとする国内の各球団のみならず、韓国のプロ球団のキャンプも誘致しているということで、九州と韓国の近さを感じさせますが、日韓の距離を考えれば、そもそも1軍レベルでの日韓合同リーグというのもいずれありうるのかな、と思わされました。
 ともあれ、とくにプロ野球については、宮崎最大の歓楽街であるニシタチをはじめ、あちこちでその存在を身近に感じることができます。わたし自身、以前に宮崎でなぜかプロ野球選手に間違われたことがありますが、そんな間違われ方は宮崎でしか体験できないでしょう。また、サッカーなど他のスポーツのキャンプの誘致や、国際的なゴルフ大会の開催なども、経済政策としておこなわれていると感じます。これについては、たまたま利用させていただいたタクシーの運転手さんに、いろいろと教えていただくことができました。

 ちなみにわれわれ自身は、おそらく宮崎がこれからいっそう強く推してくるであろうサーフィンを、さるサーフショップさんのご指導のもと、学習の一環としてみなで体験しました。ふだん勉強のしすぎなのか(?)、学生たちは、インストラクターさんに体が硬いと言われていましたが、なんとか立ち上がるところまで頑張っていました。
 サーフィンは、来たる2020年の東京オリンピックで正式種目として採用されたこともあって、世間的にも注目度が増しているのみならず、近年は、宮崎へとサーフトリップする方、さらにはサーフィン移住者も少なくないと言われています。じっさい今回サーフィンをご一緒した方も、大阪から来られたと言っていました。他に、青島の近くでは、宮崎に移住してこられたアーティストの方々とお話することもできました。

 そのほかにも、某所の警備員の方から東国原知事ブームのときと現在との落差をお聞きできたり、いわゆる「八紘之基柱」(平和台公園)では地元の方から関連する神話と歴史を詳細に説明していただき、挙げ句に皇軍発祥之地宮崎神宮まで車で送っていただくなど、宮崎のみなさんの優しさが身に沁みたフィールドワークとなりました。(ちなみに宮崎では、「神話推し」の一環か、公共空間に突如として埴輪が置かれているのを見掛けることがあります)。
 シーガイアの目玉であったオーシャンドームはすでに取り壊され、跡地は中古自動車屋さんになっていましたが、そのお隣のシェラトンホテルの最上階から見せていただいた海岸線の景色は、あまりの絶景ぶりに、学生たちも思わず驚きの声を上げたほどでした。いっさいのお世辞抜きに、本当に素晴らしかったです。そして、他方に広がるビニールハウスとのコントラストも、ある意味で印象的でした。
 実際のところ、これだけのレガシーが残され、また観光資源もあります。かくして、シーガイアの破綻によって頓挫したかに見えるいわば「宮崎滞在型リゾート構想」は、青島周辺なども見るかぎり、個人的には、ある程度規模を縮小しながらもむしろ新たに継承されているようにも感じられました。

 今回、例によって計画立案から当日の実施まですべて学生主導であり、よく頑張ってくれたおかげで、たいへんに密度の濃い学習の時間となりました。実際、ニシタチの夜のにぎわい堀切峠青島の美しさ、また、最後に幸運にも乗ることができたJR九州の特急・海幸山幸(これも神話にちなんでいます)、さらには、有名なチキン南蛮はもちろん、辛麺肉巻きおにぎりなんじゃこら大福えびソフトや明日葉アイスなどなど、いろいろなものを見聞きし、また食しました(食べることも社会学の重要な一部です。なお、宮崎郷土料理の飲み屋さんではカエルも食べました。地元食材?)。
 もともと田舎出身のわたしには「地方礼賛」のような感覚はありませんが、ともすれば社会学者ですら知らなかったり気づかなかったり忘れたりしがちな日本社会の地域的多様性を、今回思いがけず再認識したのはひとつの収穫でした。ゼミ生たちも、当初は宮崎の見どころに対してたいして期待していないようでしたが(再度失礼)、帰り際、2~3ヶ月滞在してみたいとか、いっそいちど住んでみたいとか言い出したのは、わたし自身予想だにしていなかっただけに、嬉しいかぎりです。また、サーフィンにハマったらしき者もいて、今後につながるゼミ合宿となりました。
 というわけで、道中お世話になった宮崎のみなさんに、心より感謝を申し上げます。また行きます。

追伸
そういえば、わたしのツイッターアカウントのトップ画像は、もう長らく、以前訪れた宮崎・日南市のサンメッセ日南のモアイ像です。イースター島に行ったことはありません。

以下、フィールドワーク時の写真(閲覧できない場合はオリジナルのブログ記事に飛んでページの再読み込みをしてください。なお、ウェットスーツで映っている写真はサーフショップさん撮影):
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 先の9月に開催された第91回日本社会学会で、「自由と秩序の社会学理論」というシンポジウムを企画し、かつ登壇者のひとりとして「社会が変わるには――自由の社会進化論によせて」という題目で発表をおこないました。日本社会学会では過去に若手フォーラム企画などを担当した経験はあれど、シンポジウムは企画するのも登壇するのも初めてで、まずは無事に終えることができて、いまさらながらにホッとしています。
 一緒に報告者としてご登壇いただいた小山裕先生(東洋大学)には「近代秩序における尊厳と公正――平等主義への社会システム理論的接近」、また市野川容孝先生(東京大学)には「社会的な自由の構想」という題目で、それぞれお話しいただきました。各先生の議論の中身をここで詳しく紹介するのはわたしの能力を超えるので控えますが、小山先生による理路整然とした歴史整理を踏まえた「格下げ平等のグローバル化」という議論や、市野川先生による戦中日本社会学の国体論や社会主義の優生思想を反省的に振り返りながらの「自由の秩序」に関する迫力ある議論は、どちらも唸らせる内容であり、登壇者としては手強い議論相手でしたが、企画者としてはこのお二人にご登壇を依頼してよかったとあらためて思いました。また、私の報告が何とかかたちになったのも、このお二人が「論敵(?)」としていらしたからに他なりません。再度心より御礼を申し上げる次第です。
 また、ウルリヒ・ベックの理論研究で著名な伊藤美登里先生(大妻女子大学)には、コメンテーターとして、ご自身のドイツでの調査経験にもとづいて、鋭いコメントとご質問をいただきました。強調すべきでしょうが、シンポ当日のガチンコの緊張感を保つため、登壇者同士は、事前に詳しい発表内容はお互い知らせないことにしてありました。これはコメンテーターもほぼ同じで、質問等も口裏を合わせるようなことはしていません。つまり伊藤先生には、登壇者一人あたり40分ほどの密度濃い発表を3人分聞いて、短い休憩後に即興で20分程度のコメントをしなければならないという、ある意味もっとも過酷な役をお引き受けいただきました。あらためて深く感謝を申し上げる次第です。
 そして今回、司会者には、同じく企画者である浅野智彦(東京学芸大学)お一人でお願いいたしました。じつはもともとはわたしも、当日は司会者として浅野先生の横に座っているつもりでしたが、企画を具体化する段階で浅野先生に登壇を勧めていただき、それまで自分自身では薄らぼんやりとしか考えのなかったこのテーマで何か話せるような気がしてきて、結果、登壇者として演台に立たせていただきました。浅野先生に背中を押していただいたおかげであり、また、事前の打ち合わせに始まって、シンポの趣旨説明やフロア入り乱れての議論の交通整理に至るまでのあいだも、何から何までお世話になりました。浅野先生抜きには成り立たなかったシンポです。本当にどうもありがとうございました。
 最後に、当シンポにご来場くださった聴衆の皆さまにも深く御礼を申し上げたいと思います。実際、地方開催に加えて夏休み中の9月中旬開催だったこともあって、大会自体の参加者数が例年よりやや少なく、また、裏に2つのシンポが行われていたことを考えれば、十分すぎる数の方に聞きに来ていただけたと感じています。さらに、予想以上にフロアからの質問も多く、また、登壇者とコメンテーターと司会者のあいだで噛みあう論点も想像以上に多くあったと感じています。ですので時間マネージメントの点で、企画者としてもう少し全体での議論の時間が取れるように設計すればよかったと、反省しきりです。通常のシンポよりも登壇者に詳しく話してもらおうと、多めに時間を割り当てたのは意図したところでしたが、これは次の機会につなげたいと思います。なお、会場校である甲南大学の先生方や学生さんたちには、会場の設営やシンポの運営で多大なご協力を賜りました。おかげさまでスムーズな進行ができました。記して深く感謝を申し上げます。また、3年間お世話になった日本社会学会・研究活動委員会の皆さまにも、いろいろ本当にお世話になりました。いつもわいわいがやがやと、予想外に楽しい時間でした。またお目にかかれるのを楽しみにしています。

 以上、学会大会後、所用で10日間ほどずっとバタバタしており、遅ればせながらの報告となりましたが、どうかご容赦いただければと思います。なお、余談ですが今回、日本社会学会大会の直前にベルリンでEuropean Sociological Associationの社会理論部会・中間会議でも英語での発表があったため、息つく暇もなく、準備が相当ハードでした。さらに、ベルリンから関西国際空港着で、そのまま会場校のある神戸に直行の予定でしたが、ご周知のとおり台風被害で関空が閉鎖となったため、シンポに間に合うよう帰国できるかどうかすら分からず、いろいろ気を揉むところでした。これについては、航空会社さんと旅行代理店さんのご尽力で、別空港(中部国際空港)に振り替えていただくことができ、ほぼ当初予定どおりに神戸入りができました。この場をお借りして、心から御礼を申し上げる次第です。
 というわけで、後期も始まりました。頭を切り換えて、また頑張っていきます。

去る2018年9月5-6日の日程で開催された、European Sociological Association, Research Network 29(Social Theory)の中間会議にて、次のとおり発表を行いました。

Emile Durkheim’s View of Language: Organic Solidarity and Linguistic Unity in National SocietyEuropean Sociological Association, Research Network 29 (Social Theory) Midterm Conference “Refigurations of Society: Sociological Perspectives on Modernity in Transition” (Technical University of Berlin, Berlin, Germany, September 05-06 (05)).

デュルケムについてはこれまでも論文や著作で触れたことがありましたし、じつはわたし自身、日本の「デュルケーム/デュルケーム学派研究会」の会員なのですが、デュルケムのことを直接の主題とした専門的内容での学会発表は初めてでした。それも英語で行うことになるとは以前は考えたことがありませんでしたが、今回、とくにヨーロッパで活躍する研究者の方々の前で話ができ、質問も多くもらえて、たいへんよい機会となりました。

また、ヨーロッパで活躍する研究者と一口に言っても、今日、国籍はいろいろで、日本人だからといってとくに部外者感を感じるようなことはなく、中間会議ということもあってとてもアットホームな雰囲気で、多くの人と話ができる会議でした。当会には今回初参加でしたが、またぜひ来たいと思います。

ちなみに、会場校が「古巣(?)」のベルリン工科大であり、オーガナイザーは昨年度のサバティカルでたいへんお世話になったHubert Knoblauch先生であり、スタッフたちもみないわばフーバート門下の一般社会学の「同窓」だったのは、個人的にはかなり大きなアドバンテージでした。要するにホームグランドであり、そうでなければ、正直、参加はしなかったかもしれません。

なお、そんな縁もあって今回、さる部会で欠席された司会者先生の代わりに、正式なオファーのもと、急遽Session Chairを務めました。国際学会では初の経験です。が、上述のとおりアットホームな雰囲気で、気負わずこなすことができ、たいへん貴重な経験をさせてもらえました。TU Berlinチームのみなさん、ならびに、学会で気さくにお話ししてくれた当会会員の皆さんに、心より御礼を申し上げる次第です。また、たまたま同じ日本から参加されていた磯直樹さんにも、深く御礼を申し上げます。

そのほか、今回の滞在中、ベルリン工科大ならびにベルリンで再会できた他のみなさんにも、この場を借りてあらためて感謝を申し上げます。たいへん楽しい時間でした。そして、今回残念ながらご連絡できなかった皆さん、本当にすいません。ぜひまた次の機会にお会いしましょう!


少し前のことですが、Theory and Society 誌にて下記の拙稿が刊行されました。さしあたりオンライン・ファースト版ですが、じき紙媒体でも出るはずです。

Language, Ethnicity, and the Nation-state: On Max Weber’s Conception of “Imagined Linguistic Community”
https://link.springer.com/article/10.1007/s11186-018-9321-y

じつは、少し前に現象学的社会学者トーマス・ルックマンの言語観を扱った拙稿 “From Religion to Language: The Time of National Society and the Notion of the 'Shared' in Sociological Theory” に続き、通常の論文2~3本に相当する分量です。17000語オーバーとかそのくらい。日本語だとおそらく5万字くらいでしょうか。

正直、学術的に意味ある仕方でさらに膨らませることは可能であり、このままいっそ本にするか、さもなくば小分けにして論文本数を稼ぐ、というのが当世風の功利主義的・業績主義的な判断なのでしょう。が、それはわたしにはなく、むりやり一本の論文にまとめました。よくぞこれほど長い論文を掲載してくれたと、Theory and Society 誌に感謝する次第です。なお、長いとは言え、しょせん外国人の英語ですから、比較的読みやすいはずです。

ただし、あまりにも長く、かつ社会学を超えて歴史学と社会言語学にまで及ぶ学際的な内容だったため、最初の査読結果を受け取るまでじつに丸1年かかりました。じっさい、査読者にはヴェーバー研究の歴史学者が入り、細かく精査してもらった上、「画期的」と評してもらって、ヴェーバー研究の門外漢として正直ホッとしました。ヴェーバーに関する論文としては、知るかぎり前例がない着想だそうです。

じっさいのところ、まさか自分がヴェーバーに関する専門的論文を書くことがあるとは思ってもみませんでした。しかも英語で。ヴェーバーの難渋なドイツ語を英語に訳すのは一苦労でした。一般に言われるほどドイツ語は英語に似てないと、あらためて認識した次第です。ただ、大いに勉強になりました。

なお、謝辞にも書かせていただいたとおり、本稿の内容は、一昨年2016年開催の International Sociological Association の社会学史部会会議(ワルシャワ開催)での報告が元になっています。同内容を敷衍して、昨年度、ベルリン工科大学(ドイツ)・一般社会学のワークショップ、ならびにクラーゲンフルト大学(オーストリア)の招待講演でも、お話をさせていただきました。関係者や聴衆の皆さんにはあらためて深く御礼を申し上げます。論文として公刊できたことで、発表の機会をいただいたそのご恩に少しでも報いることができていればと願う次第です。

ご興味のあられる方は、どうぞご笑覧ください。


追記 18.08.30
上記の論文、紙媒体にて最終版が公刊されました。
たまたまかもしれませんが巻頭論文なので少し嬉しいです。
https://link.springer.com/journal/11186/47/4/page/1




帰国から4ヶ月、ようやく前期授業が終わりました(試験等はまだありますが)。
わたしのほうが青息吐息でしたが、ゼミや調査実習で、そのハードさにもかかわらず学生たちのほうは本当によく頑張ってくれていました。夏休みは、英気を養いつつ、授業のことはすべてを忘れて新しい世界に飛び出してほしいと思います。

2ヶ月後にまた会いましょう。
そして楽しい話を聞かせてください。

調査実習:新作バッグのカタログ写真撮影会&カレーパーティ
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ゼミ:一品持ち寄り式カクテルパーティ
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