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 先の10月13-14日の日程で、ついに宮崎市にてフィールドワークのゼミ合宿をおこないました。「ついに」というのは、これまで何度も合宿候補地として挙がりながら、ゼミ生に宮崎出身者がいるなどの理由で、訪れていなかったからです。わたし個人としても久しぶりです。
 ちなみに、熊本市と宮崎市のあいだに鉄道はなく、高速バスで3時間半ほどかかります。隣県とは言え、両市が九州の東西にある上に、意外に南北差もあるためです(参考までに言うと、公共交通機関を使った福岡市から宮崎市への最短陸路は、九州新幹線で熊本県の新八代駅まで行き、そこから高速バスに乗り継ぐというルートです)。

 ただ、宮崎が長らく交通網の整備という面で取り残されてきたのは事実です。驚くかも知れませんが、北九州市から大分県を抜けて宮崎市まで東九州自動車道が直結したのは、まだ2年前のことです。東海道新幹線に遅れること約半世紀後にようやく全線開通した九州新幹線の福岡~熊本~鹿児島ラインに比べても、率直に言って、さらに開発が遅れた地域です。東九州自動車道の構想自体は昭和40年代に遡るそうですが(2018年8月の産経新聞の連載「平成の高速道路はこうして生まれた」〔1〕〔2〕〔3〕参照)。

 とまあ、書いているとキリがありませんからこのあたりにしておきますが、「宮崎をどげんかせんといかん」というフレーズで注目を集めた東国原英夫知事(2007-2011在任)の誕生の背景には、こうした事情があると言えます。

 というわけで、失礼な言い方になるかもしれませんが、「近代化のなかで取り残されたいわば周縁/辺境地域を調べ歩く」というのが、今回のテーマでした(実際には今回に限らずだいたいいつもそれがテーマですが)。
 また、ご存じかもしれませんが、宮崎はいわゆる「神話のふるさと」として、一種のナショナリズムとスピリチュアリズムを(再)観光資源化しようとしている点でも、興味深い場所です。いわゆる第一の近代における工業化(ウルリヒ・ベックのいう単線的近代化)に取り残されたことで、大都市部からの観光客を呼び込むべく、ありとあらゆるものを資源として動員しており、そのなかには太陽と海も含まれています。かねてからの南国イメージは有名ですし、現在の宮崎県PRのキャッチフレーズは「日本のひなた」です。「神話の時代から日向と称されてきた」ということだそうです

 例によって本年度前期から関連文献を読み込み、フィールドワーク地点の狙いを定めてゼミ生たちが計画を立て、万全の準備で現地に赴きました。宮崎の現状等々を理解する上では、熊本博之先生(明星大学)の論文「大淀川から一ッ葉へ――宮崎観光の分岐点と『約束された破綻』」(明星大学社会学研究紀要34: 1-14, 2014年)や、「なぜシーガイアはつくられたのか?――リゾート法と宮崎県の共振」(明星大学社会学研究紀要35: 23-38, 2015年)など、複数の論文をみなで講読して勉強しました。

 やはり現地に行ってみるといろいろな発見があり、そこかしこに垣間見える岩切章太郎の影に驚かされましたが、他にも、今回知ってちょっとビックリしたことのひとつは、たとえば、野球の宮崎フェニックスリーグというのが10月中に入場無料で開催されており、そこには、日本のプロ野球のファーム(イースタンリーグとウエスタンリーグ)のチームのみならず、サムスンなど韓国プロ球団なども参加していることです。巨人をはじめとする国内の各球団のみならず、韓国のプロ球団のキャンプも誘致しているということで、九州と韓国の近さを感じさせますが、日韓の距離を考えれば、そもそも1軍レベルでの日韓合同リーグというのもいずれありうるのかな、と思わされました。
 ともあれ、とくにプロ野球については、宮崎最大の歓楽街であるニシタチをはじめ、あちこちでその存在を身近に感じることができます。わたし自身、以前に宮崎でなぜかプロ野球選手に間違われたことがありますが、そんな間違われ方は宮崎でしか体験できないでしょう。また、サッカーなど他のスポーツのキャンプの誘致や、国際的なゴルフ大会の開催なども、経済政策としておこなわれていると感じます。これについては、たまたま利用させていただいたタクシーの運転手さんに、いろいろと教えていただくことができました。

 ちなみにわれわれ自身は、おそらく宮崎がこれからいっそう強く推してくるであろうサーフィンを、さるサーフショップさんのご指導のもと、学習の一環としてみなで体験しました。ふだん勉強のしすぎなのか(?)、学生たちは、インストラクターさんに体が硬いと言われていましたが、なんとか立ち上がるところまで頑張っていました。
 サーフィンは、来たる2020年の東京オリンピックで正式種目として採用されたこともあって、世間的にも注目度が増しているのみならず、近年は、宮崎へとサーフトリップする方、さらにはサーフィン移住者も少なくないと言われています。じっさい今回サーフィンをご一緒した方も、大阪から来られたと言っていました。他に、青島の近くでは、宮崎に移住してこられたアーティストの方々とお話することもできました。

 そのほかにも、某所の警備員の方から東国原知事ブームのときと現在との落差をお聞きできたり、いわゆる「八紘之基柱」(平和台公園)では地元の方から関連する神話と歴史を詳細に説明していただき、挙げ句に皇軍発祥之地宮崎神宮まで車で送っていただくなど、宮崎のみなさんの優しさが身に沁みたフィールドワークとなりました。(ちなみに宮崎では、「神話推し」の一環か、公共空間に突如として埴輪が置かれているのを見掛けることがあります)。
 シーガイアの目玉であったオーシャンドームはすでに取り壊され、跡地は中古自動車屋さんになっていましたが、そのお隣のシェラトンホテルの最上階から見せていただいた海岸線の景色は、あまりの絶景ぶりに、学生たちも思わず驚きの声を上げたほどでした。いっさいのお世辞抜きに、本当に素晴らしかったです。そして、他方に広がるビニールハウスとのコントラストも、ある意味で印象的でした。
 実際のところ、これだけのレガシーが残され、また観光資源もあります。かくして、シーガイアの破綻によって頓挫したかに見えるいわば「宮崎滞在型リゾート構想」は、青島周辺なども見るかぎり、個人的には、ある程度規模を縮小しながらもむしろ新たに継承されているようにも感じられました。

 今回、例によって計画立案から当日の実施まですべて学生主導であり、よく頑張ってくれたおかげで、たいへんに密度の濃い学習の時間となりました。実際、ニシタチの夜のにぎわい堀切峠青島の美しさ、また、最後に幸運にも乗ることができたJR九州の特急・海幸山幸(これも神話にちなんでいます)、さらには、有名なチキン南蛮はもちろん、辛麺肉巻きおにぎりなんじゃこら大福えびソフトや明日葉アイスなどなど、いろいろなものを見聞きし、また食しました(食べることも社会学の重要な一部です。なお、宮崎郷土料理の飲み屋さんではカエルも食べました。地元食材?)。
 もともと田舎出身のわたしには「地方礼賛」のような感覚はありませんが、ともすれば社会学者ですら知らなかったり気づかなかったり忘れたりしがちな日本社会の地域的多様性を、今回思いがけず再認識したのはひとつの収穫でした。ゼミ生たちも、当初は宮崎の見どころに対してたいして期待していないようでしたが(再度失礼)、帰り際、2~3ヶ月滞在してみたいとか、いっそいちど住んでみたいとか言い出したのは、わたし自身予想だにしていなかっただけに、嬉しいかぎりです。また、サーフィンにハマったらしき者もいて、今後につながるゼミ合宿となりました。
 というわけで、道中お世話になった宮崎のみなさんに、心より感謝を申し上げます。また行きます。

追伸
そういえば、わたしのツイッターアカウントのトップ画像は、もう長らく、以前訪れた宮崎・日南市のサンメッセ日南のモアイ像です。イースター島に行ったことはありません。

以下、フィールドワーク時の写真(閲覧できない場合はオリジナルのブログ記事に飛んでページの再読み込みをしてください。なお、ウェットスーツで映っている写真はサーフショップさん撮影):
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 先の9月に開催された第91回日本社会学会で、「自由と秩序の社会学理論」というシンポジウムを企画し、かつ登壇者のひとりとして「社会が変わるには――自由の社会進化論によせて」という題目で発表をおこないました。日本社会学会では過去に若手フォーラム企画などを担当した経験はあれど、シンポジウムは企画するのも登壇するのも初めてで、まずは無事に終えることができて、いまさらながらにホッとしています。
 一緒に報告者としてご登壇いただいた小山裕先生(東洋大学)には「近代秩序における尊厳と公正――平等主義への社会システム理論的接近」、また市野川容孝先生(東京大学)には「社会的な自由の構想」という題目で、それぞれお話しいただきました。各先生の議論の中身をここで詳しく紹介するのはわたしの能力を超えるので控えますが、小山先生による理路整然とした歴史整理を踏まえた「格下げ平等のグローバル化」という議論や、市野川先生による戦中日本社会学の国体論や社会主義の優生思想を反省的に振り返りながらの「自由の秩序」に関する迫力ある議論は、どちらも唸らせる内容であり、登壇者としては手強い議論相手でしたが、企画者としてはこのお二人にご登壇を依頼してよかったとあらためて思いました。また、私の報告が何とかかたちになったのも、このお二人が「論敵(?)」としていらしたからに他なりません。再度心より御礼を申し上げる次第です。
 また、ウルリヒ・ベックの理論研究で著名な伊藤美登里先生(大妻女子大学)には、コメンテーターとして、ご自身のドイツでの調査経験にもとづいて、鋭いコメントとご質問をいただきました。強調すべきでしょうが、シンポ当日のガチンコの緊張感を保つため、登壇者同士は、事前に詳しい発表内容はお互い知らせないことにしてありました。これはコメンテーターもほぼ同じで、質問等も口裏を合わせるようなことはしていません。つまり伊藤先生には、登壇者一人あたり40分ほどの密度濃い発表を3人分聞いて、短い休憩後に即興で20分程度のコメントをしなければならないという、ある意味もっとも過酷な役をお引き受けいただきました。あらためて深く感謝を申し上げる次第です。
 そして今回、司会者には、同じく企画者である浅野智彦(東京学芸大学)お一人でお願いいたしました。じつはもともとはわたしも、当日は司会者として浅野先生の横に座っているつもりでしたが、企画を具体化する段階で浅野先生に登壇を勧めていただき、それまで自分自身では薄らぼんやりとしか考えのなかったこのテーマで何か話せるような気がしてきて、結果、登壇者として演台に立たせていただきました。浅野先生に背中を押していただいたおかげであり、また、事前の打ち合わせに始まって、シンポの趣旨説明やフロア入り乱れての議論の交通整理に至るまでのあいだも、何から何までお世話になりました。浅野先生抜きには成り立たなかったシンポです。本当にどうもありがとうございました。
 最後に、当シンポにご来場くださった聴衆の皆さまにも深く御礼を申し上げたいと思います。実際、地方開催に加えて夏休み中の9月中旬開催だったこともあって、大会自体の参加者数が例年よりやや少なく、また、裏に2つのシンポが行われていたことを考えれば、十分すぎる数の方に聞きに来ていただけたと感じています。さらに、予想以上にフロアからの質問も多く、また、登壇者とコメンテーターと司会者のあいだで噛みあう論点も想像以上に多くあったと感じています。ですので時間マネージメントの点で、企画者としてもう少し全体での議論の時間が取れるように設計すればよかったと、反省しきりです。通常のシンポよりも登壇者に詳しく話してもらおうと、多めに時間を割り当てたのは意図したところでしたが、これは次の機会につなげたいと思います。なお、会場校である甲南大学の先生方や学生さんたちには、会場の設営やシンポの運営で多大なご協力を賜りました。おかげさまでスムーズな進行ができました。記して深く感謝を申し上げます。また、3年間お世話になった日本社会学会・研究活動委員会の皆さまにも、いろいろ本当にお世話になりました。いつもわいわいがやがやと、予想外に楽しい時間でした。またお目にかかれるのを楽しみにしています。

 以上、学会大会後、所用で10日間ほどずっとバタバタしており、遅ればせながらの報告となりましたが、どうかご容赦いただければと思います。なお、余談ですが今回、日本社会学会大会の直前にベルリンでEuropean Sociological Associationの社会理論部会・中間会議でも英語での発表があったため、息つく暇もなく、準備が相当ハードでした。さらに、ベルリンから関西国際空港着で、そのまま会場校のある神戸に直行の予定でしたが、ご周知のとおり台風被害で関空が閉鎖となったため、シンポに間に合うよう帰国できるかどうかすら分からず、いろいろ気を揉むところでした。これについては、航空会社さんと旅行代理店さんのご尽力で、別空港(中部国際空港)に振り替えていただくことができ、ほぼ当初予定どおりに神戸入りができました。この場をお借りして、心から御礼を申し上げる次第です。
 というわけで、後期も始まりました。頭を切り換えて、また頑張っていきます。

去る2018年9月5-6日の日程で開催された、European Sociological Association, Research Network 29(Social Theory)の中間会議にて、次のとおり発表を行いました。

Emile Durkheim’s View of Language: Organic Solidarity and Linguistic Unity in National SocietyEuropean Sociological Association, Research Network 29 (Social Theory) Midterm Conference “Refigurations of Society: Sociological Perspectives on Modernity in Transition” (Technical University of Berlin, Berlin, Germany, September 05-06 (05)).

デュルケムについてはこれまでも論文や著作で触れたことがありましたし、じつはわたし自身、日本の「デュルケーム/デュルケーム学派研究会」の会員なのですが、デュルケムのことを直接の主題とした専門的内容での学会発表は初めてでした。それも英語で行うことになるとは以前は考えたことがありませんでしたが、今回、とくにヨーロッパで活躍する研究者の方々の前で話ができ、質問も多くもらえて、たいへんよい機会となりました。

また、ヨーロッパで活躍する研究者と一口に言っても、今日、国籍はいろいろで、日本人だからといってとくに部外者感を感じるようなことはなく、中間会議ということもあってとてもアットホームな雰囲気で、多くの人と話ができる会議でした。当会には今回初参加でしたが、またぜひ来たいと思います。

ちなみに、会場校が「古巣(?)」のベルリン工科大であり、オーガナイザーは昨年度のサバティカルでたいへんお世話になったHubert Knoblauch先生であり、スタッフたちもみないわばフーバート門下の一般社会学の「同窓」だったのは、個人的にはかなり大きなアドバンテージでした。要するにホームグランドであり、そうでなければ、正直、参加はしなかったかもしれません。

なお、そんな縁もあって今回、さる部会で欠席された司会者先生の代わりに、正式なオファーのもと、急遽Session Chairを務めました。国際学会では初の経験です。が、上述のとおりアットホームな雰囲気で、気負わずこなすことができ、たいへん貴重な経験をさせてもらえました。TU Berlinチームのみなさん、ならびに、学会で気さくにお話ししてくれた当会会員の皆さんに、心より御礼を申し上げる次第です。また、たまたま同じ日本から参加されていた磯直樹さんにも、深く御礼を申し上げます。

そのほか、今回の滞在中、ベルリン工科大ならびにベルリンで再会できた他のみなさんにも、この場を借りてあらためて感謝を申し上げます。たいへん楽しい時間でした。そして、今回残念ながらご連絡できなかった皆さん、本当にすいません。ぜひまた次の機会にお会いしましょう!


少し前のことですが、Theory and Society 誌にて下記の拙稿が刊行されました。さしあたりオンライン・ファースト版ですが、じき紙媒体でも出るはずです。

Language, Ethnicity, and the Nation-state: On Max Weber’s Conception of “Imagined Linguistic Community”
https://link.springer.com/article/10.1007/s11186-018-9321-y

じつは、少し前に現象学的社会学者トーマス・ルックマンの言語観を扱った拙稿 “From Religion to Language: The Time of National Society and the Notion of the 'Shared' in Sociological Theory” に続き、通常の論文2~3本に相当する分量です。17000語オーバーとかそのくらい。日本語だとおそらく5万字くらいでしょうか。

正直、学術的に意味ある仕方でさらに膨らませることは可能であり、このままいっそ本にするか、さもなくば小分けにして論文本数を稼ぐ、というのが当世風の功利主義的・業績主義的な判断なのでしょう。が、それはわたしにはなく、むりやり一本の論文にまとめました。よくぞこれほど長い論文を掲載してくれたと、Theory and Society 誌に感謝する次第です。なお、長いとは言え、しょせん外国人の英語ですから、比較的読みやすいはずです。

ただし、あまりにも長く、かつ社会学を超えて歴史学と社会言語学にまで及ぶ学際的な内容だったため、最初の査読結果を受け取るまでじつに丸1年かかりました。じっさい、査読者にはヴェーバー研究の歴史学者が入り、細かく精査してもらった上、「画期的」と評してもらって、ヴェーバー研究の門外漢として正直ホッとしました。ヴェーバーに関する論文としては、知るかぎり前例がない着想だそうです。

じっさいのところ、まさか自分がヴェーバーに関する専門的論文を書くことがあるとは思ってもみませんでした。しかも英語で。ヴェーバーの難渋なドイツ語を英語に訳すのは一苦労でした。一般に言われるほどドイツ語は英語に似てないと、あらためて認識した次第です。ただ、大いに勉強になりました。

なお、謝辞にも書かせていただいたとおり、本稿の内容は、一昨年2016年開催の International Sociological Association の社会学史部会会議(ワルシャワ開催)での報告が元になっています。同内容を敷衍して、昨年度、ベルリン工科大学(ドイツ)・一般社会学のワークショップ、ならびにクラーゲンフルト大学(オーストリア)の招待講演でも、お話をさせていただきました。関係者や聴衆の皆さんにはあらためて深く御礼を申し上げます。論文として公刊できたことで、発表の機会をいただいたそのご恩に少しでも報いることができていればと願う次第です。

ご興味のあられる方は、どうぞご笑覧ください。


追記 18.08.30
上記の論文、紙媒体にて最終版が公刊されました。
たまたまかもしれませんが巻頭論文なので少し嬉しいです。
https://link.springer.com/journal/11186/47/4/page/1




帰国から4ヶ月、ようやく前期授業が終わりました(試験等はまだありますが)。
わたしのほうが青息吐息でしたが、ゼミや調査実習で、そのハードさにもかかわらず学生たちのほうは本当によく頑張ってくれていました。夏休みは、英気を養いつつ、授業のことはすべてを忘れて新しい世界に飛び出してほしいと思います。

2ヶ月後にまた会いましょう。
そして楽しい話を聞かせてください。

調査実習:新作バッグのカタログ写真撮影会&カレーパーティ
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ゼミ:一品持ち寄り式カクテルパーティ
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先日このサイトでも告知した、Dr. Dominik Bartmansiki(ベルリン工科大学・社会学研究所)の特別講演 "Materiality and Meaning in Sociological Research" が、予定通り無事終了しました。ずっと慌ただしく、報告が遅れてしまいましたが、オーガナイザーとしてまずはホッとしています。

当日は20人近くの来場者があり、しかも国際色豊かで、わたしの知るかぎり、国籍で言えば日本以外にもイギリス、ドイツ、中国、パプアニューギニア、インドネシア、デンマークと、多様な顔ぶれになりました。また、教員や大学院生・ポスドク生のみならず、学部生からも参加があり、幅広い年代から参加者があったことは、本当によかったと思います。質疑応答入れて正味90分、短い時間でしたが、参加者相互の人間関係が広がればと願う次第です。前日には講演者を交えて有志による事前懇親会も行い、四方山話に花を咲かせながら、相当程度、酔っ払いました。

結果的に手弁当的な企画でしたが、国際交流はやはりこういう小さい規模でやるのがいいな、とあらためて思いました。分かりやすい実績として履歴書にドーンと書けるようなものでなくとも、名より実のほうを、今後も取りたいと思います。

というわけで、講演してくれたドミニーク、ならびにご来場いただいた皆さま、またアシスタントとして働いてくれたY君に、心から感謝を申し上げます(以下写真はY君撮影のもの)。

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モノの社会学的研究
で知られる Dominik Bartmanski 博士(ベルリン工科大学・社会学研究所)の講演を、本学(熊本大学)にてまもなく開催いたします(詳しい要領やフライヤー等は以下)。

講演テーマは、"Materiality and Meaning in Sociological Research(社会学研究における物質と意味)" です。煎じ詰めれば、モノの社会的意味、が焦点ということになるでしょうか。ご本人は、デジタル化時代におけるレコードブームや、さまざまな建築などを素材に研究されており、当日もそれらの事例を交えてお話をしてもらう予定です。


   講演テーマ:"Materiality and Meaning in Sociological Research(社会学研究における物質と意味)"
   日時:2018年5月31日(木) 午後16:25~17:55
   場所:熊本大学文法棟2階 共用会議室 (熊本大学黒髪北キャンパス内)

   フライヤー(クリックするとより大きい画像として閲覧できます)
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   Dominik Bartmanski 博士のプロフィールや公刊物リスト(Academia.com)
   https://tu-berlin.academia.edu/DominikBartmanski


モノというのは社会学研究において意外な盲点であり、日本ではまだあまり認識されていない興味深いテーマだと思います。たとえば、デジタル書籍よりも紙の本のほうが好き、という人はまだまだ多いのではないでしょうか。そこには、たんなる読みやすさのような点だけでない、モノとしての紙の本の社会的意味があるでしょう。

当日は参加無料、事前登録不要です。質疑応答の時間も設けておりますので、ご関心がおありの方はぜひふるってご参加ください。社会学以外の専門分野の方や、大学院生・学部生の方々のご参加も、もちろん大歓迎です。

Vor ein Paar Tagen kehrte ich endlich nach Japan zurück. Es gibt so viele Sache zu erledigen, die ich ein ganzes Jahr ließ, dass ich seitdem etwas langes nicht schreiben kann. Aber am letzten Tag im japanischen Schuljahr 2017 möchte ich mich hier noch einmal bei allen bedanken, die ich während dieses einen Jahres in Europa wiedersah, neu kennenlernte und zufälligerweise einmalig traf. Die solchen Leute, die bei mir während dieses einen Jahr in Europa half, sind so viel, dass ich leider nicht die allen Namen aufrufen kann. Doch ich müsste zunächst Prof. Dr. Hubert Knoblauch an der technischen Universität Berlin namentlich Dank sagen, der sich als mein Betreuer um mich kümmerte und viele gute Gelegentheiten zur Studie gab. Von ihm lernte ich auch eine lebendige Geschichte der phänomenologischen Soziologie und eine neue Forschungsmetheode der Videoanalyse. Und auch meinen Kollegen und Kolleginnen, die ich sich immer lustig unterhielt, am Institut für Soziologie an der Technischen Universität Berlin; allen, die mir viele über deusches alltägliches Leben lehrten, bei einem tollen Bierladen Beerbaboon in „meinem Kiez“; allen in Deutschkursen, die aus verschiedenen Ländern kommen; allen alten Freunden und Freundinen in Deutschland, Österreich, Serbien und in ganz Europa, die mich in vielen Hinsichten unterstützten; allen netten im TU Gästehaus, die mir halfen; und allen Leuten, mit denen ich in Konferenzen, auf der Straße, in Kneipen, in Zügen oder so durch Zufall sprache, soll ich von Herzen danken. Ohne Euch wäre mein so fruchtbares eines Jahr unmöglich gewesen. Überall wurde ich immer von Eurer Hilfe und Freudlichkeit unterschützt und dadurch wurde mein Leben in Europa wörtlich jeden Tag voll mit neuen Entdeckungen. Alles, was ich mit Euch erlebte oder durch Euch lernte, ist unvergesslich. Sogar, phänomenologisch gesagt, gehörten schon alle von Euch zu meiner Lebenswelt. Deswegen glaube ich stark, dass wir uns sicherlich in der nahen Zukunft wiedersehen können. Darauf mich freuend fange ich das neue Schuljahr ab morgen mit mehr Mühe an, glaube ich im Campus der Universität Kumamoto, in dem Kirschen blühen. Vielen vielen Dank.

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Heute meldete ich mich endlich bei der Behörde ab. Dadurch wurde ich offiziell schon kein Berliner, obwohl sich meine Seele immer noch in Berlin befand. Nach dem Verfahren machte ich einen kleinen Spaziergang im Schlossgarten Charlottenburg, der in der Nähe von mir liegt. Heute morgen schneite es und eine dünne Schicte des Schnees blieb noch bis zum Sonnenuntergang. Wegen der Kälte gab es im Garten weniger als üblich.

Wahrscheinlich ist das der letzte Schnee in diesem Winter.
Bald wird wieder der Frühling.

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先日、下記の論文が刊行されました。

Tada, Mitsuhiro, 2018, "Time as Sociology's Basic Concept: A Perspective from Alfred Schutz's Phenomenological Sociology and Niklas Luhmann’s Social Systems Theory," Time & Society, first published online: January 29, 2018, DOI: 10.1177/0961463X18754458
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2016年に『社会学史研究』(日本社会学史学会)にて刊行された拙稿「社会学の基本概念としての時間」の微修正英語版です。ひょんなことから英語版を投稿することになり、通常の査読を経て、このたびTime & Society 誌に掲載された次第です。

議論をクリアにするために、日本語版とは少し表現を変えた箇所や加筆した箇所、ならびに査読者の求めで加筆した箇所が、若干あります。そういうこともあって、この英語版のほうが日本語版よりも分かりやすいかもしれません。

謝辞にも書かせていただきましたから詳細は繰り返しませんが、本論文に関連して、本当にたくさんの人たちから、何の見返りの期待も伴わないさまざまな無償の機会や支援を賜りました。わたしは、人とのつながりに頼って(あるいはそれを利用して)学問をするつもりはまったくありませんが、何かに取り組んだ結果として、人とのつながりができ、それがまた次につながっていくという経験は、何ものにも代えがたいと感じています。

本稿成立に至るまでのさまざまな経緯は、人とのそうしたつながりの「ありがたさ」(二重の意味でのそれ)を、再度強く認識させてくれるものでした。本稿が、それらの方々からのご恩に、少しでも報いることのできるものになっていればと願う次第です。お世話になった方々にあらためて深く御礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。

なお、上記論文は、まずはオンラインで刊行されています。紙媒体での本誌掲載は、順番がつかえているらしく、まだだいぶ先になるようです。また、オンライン版には、校正段階で生じた下記2箇所の誤植があります(本誌掲載時に修正してもらえるとのことです)。

1)p. 15, note 6:
所有を表すアポストロフィが抜けています。“Parsons analytical realism” とありますが、正しくは “Parsons' analytical realism” です。

2)p. 18, 文献一覧のうちTada M (2017):
編者名が誤ってイタリック体になっています。また、肝心の書籍名が誤って削除されています。正しくは次のとおり。

Tada M (2017) Imi to jikan [Meaning and time]. In: Nihon Shakaigakkai, Riron Ōyō Jiten Kankō Iinkai [The Japan Sociological Society, Editorial Committee of the Encyclopedia of Theory and Application in Sociology] (ed.) Shakaigaku riron ōyō jiten [Encyclopedia of Theory and Application in Sociology]. Tokyo: Maruzen, pp. 184–185.

以上です。


追記 2018. 02. 01
誤植がもう一か所ありました。

3)p. 14, note 1
もちろん "Gimmel" ではなく "Simmel" です。
これは純粋にわたしのミスで、たいへんこっぱずかしいかぎり。すぐに気付いて知らせてくれた同僚の Dr. Eric Lettkemann に心から感謝を申し上げます。

追記 2018. 02. 01
先日の Forschungswerkstatt での拙報告に参加してくれた皆さんにも、あらためて心から感謝を申し上げます。これが最後の発表かと思うと本当に名残惜しい・・・。夏学期と冬学期のそれぞれの発表では、みなさんの理解度と寛容度、そして活発な議論のおかげで、わたしはずいぶん鍛えられました。

  
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