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少し前のことですが、Theory and Society 誌にて下記の拙稿が刊行されました。さしあたりオンライン・ファースト版ですが、じき紙媒体でも出るはずです。

Language, Ethnicity, and the Nation-state: On Max Weber’s Conception of “Imagined Linguistic Community”
https://link.springer.com/article/10.1007/s11186-018-9321-y

じつは、少し前に現象学的社会学者トーマス・ルックマンの言語観を扱った拙稿 “From Religion to Language: The Time of National Society and the Notion of the 'Shared' in Sociological Theory” に続き、通常の論文2~3本に相当する分量です。17000語オーバーとかそのくらい。日本語だとおそらく5万字くらいでしょうか。

正直、学術的に意味ある仕方でさらに膨らませることは可能であり、このままいっそ本にするか、さもなくば小分けにして論文本数を稼ぐ、というのが当世風の功利主義的・業績主義的な判断なのでしょう。が、それはわたしにはなく、むりやり一本の論文にまとめました。よくぞこれほど長い論文を掲載してくれたと、Theory and Society 誌に感謝する次第です。なお、長いとは言え、しょせん外国人の英語ですから、比較的読みやすいはずです。

ただし、あまりにも長く、かつ社会学を超えて歴史学と社会言語学にまで及ぶ学際的な内容だったため、最初の査読結果を受け取るまでじつに丸1年かかりました。じっさい、査読者にはヴェーバー研究の歴史学者が入り、細かく精査してもらった上、「画期的」と評してもらって、ヴェーバー研究の門外漢として正直ホッとしました。ヴェーバーに関する論文としては、知るかぎり前例がない着想だそうです。

じっさいのところ、まさか自分がヴェーバーに関する専門的論文を書くことがあるとは思ってもみませんでした。しかも英語で。ヴェーバーの難渋なドイツ語を英語に訳すのは一苦労でした。一般に言われるほどドイツ語は英語に似てないと、あらためて認識した次第です。ただ、大いに勉強になりました。

なお、謝辞にも書かせていただいたとおり、本稿の内容は、一昨年2016年開催の International Sociological Association の社会学史部会会議(ワルシャワ開催)での報告が元になっています。同内容を敷衍して、昨年度、ベルリン工科大学(ドイツ)・一般社会学のワークショップ、ならびにクラーゲンフルト大学(オーストリア)の招待講演でも、お話をさせていただきました。関係者や聴衆の皆さんにはあらためて深く御礼を申し上げます。論文として公刊できたことで、発表の機会をいただいたそのご恩に少しでも報いることができていればと願う次第です。

ご興味のあられる方は、どうぞご笑覧ください。


帰国から4ヶ月、ようやく前期授業が終わりました(試験等はまだありますが)。
わたしのほうが青息吐息でしたが、ゼミや調査実習で、そのハードさにもかかわらず学生たちのほうは本当によく頑張ってくれていました。夏休みは、英気を養いつつ、授業のことはすべてを忘れて新しい世界に飛び出してほしいと思います。

2ヶ月後にまた会いましょう。
そして楽しい話を聞かせてください。

調査実習:新作バッグのカタログ写真撮影会&カレーパーティ
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ゼミ:一品持ち寄り式カクテルパーティ
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先日このサイトでも告知した、Dr. Dominik Bartmansiki(ベルリン工科大学・社会学研究所)の特別講演 "Materiality and Meaning in Sociological Research" が、予定通り無事終了しました。ずっと慌ただしく、報告が遅れてしまいましたが、オーガナイザーとしてまずはホッとしています。

当日は20人近くの来場者があり、しかも国際色豊かで、わたしの知るかぎり、国籍で言えば日本以外にもイギリス、ドイツ、中国、パプアニューギニア、インドネシア、デンマークと、多様な顔ぶれになりました。また、教員や大学院生・ポスドク生のみならず、学部生からも参加があり、幅広い年代から参加者があったことは、本当によかったと思います。質疑応答入れて正味90分、短い時間でしたが、参加者相互の人間関係が広がればと願う次第です。前日には講演者を交えて有志による事前懇親会も行い、四方山話に花を咲かせながら、相当程度、酔っ払いました。

結果的に手弁当的な企画でしたが、国際交流はやはりこういう小さい規模でやるのがいいな、とあらためて思いました。分かりやすい実績として履歴書にドーンと書けるようなものでなくとも、名より実のほうを、今後も取りたいと思います。

というわけで、講演してくれたドミニーク、ならびにご来場いただいた皆さま、またアシスタントとして働いてくれたY君に、心から感謝を申し上げます(以下写真はY君撮影のもの)。

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モノの社会学的研究
で知られる Dominik Bartmanski 博士(ベルリン工科大学・社会学研究所)の講演を、本学(熊本大学)にてまもなく開催いたします(詳しい要領やフライヤー等は以下)。

講演テーマは、"Materiality and Meaning in Sociological Research(社会学研究における物質と意味)" です。煎じ詰めれば、モノの社会的意味、が焦点ということになるでしょうか。ご本人は、デジタル化時代におけるレコードブームや、さまざまな建築などを素材に研究されており、当日もそれらの事例を交えてお話をしてもらう予定です。


   講演テーマ:"Materiality and Meaning in Sociological Research(社会学研究における物質と意味)"
   日時:2018年5月31日(木) 午後16:25~17:55
   場所:熊本大学文法棟2階 共用会議室 (熊本大学黒髪北キャンパス内)

   フライヤー(クリックするとより大きい画像として閲覧できます)
   180531_Dominik Bartmansiki博士_講演チラシ(A4)

   Dominik Bartmanski 博士のプロフィールや公刊物リスト(Academia.com)
   https://tu-berlin.academia.edu/DominikBartmanski


モノというのは社会学研究において意外な盲点であり、日本ではまだあまり認識されていない興味深いテーマだと思います。たとえば、デジタル書籍よりも紙の本のほうが好き、という人はまだまだ多いのではないでしょうか。そこには、たんなる読みやすさのような点だけでない、モノとしての紙の本の社会的意味があるでしょう。

当日は参加無料、事前登録不要です。質疑応答の時間も設けておりますので、ご関心がおありの方はぜひふるってご参加ください。社会学以外の専門分野の方や、大学院生・学部生の方々のご参加も、もちろん大歓迎です。

Vor ein Paar Tagen kehrte ich endlich nach Japan zurück. Es gibt so viele Sache zu erledigen, die ich ein ganzes Jahr ließ, dass ich seitdem etwas langes nicht schreiben kann. Aber am letzten Tag im japanischen Schuljahr 2017 möchte ich mich hier noch einmal bei allen bedanken, die ich während dieses einen Jahres in Europa wiedersah, neu kennenlernte und zufälligerweise einmalig traf. Die solchen Leute, die bei mir während dieses einen Jahr in Europa half, sind so viel, dass ich leider nicht die allen Namen aufrufen kann. Doch ich müsste zunächst Prof. Dr. Hubert Knoblauch an der technischen Universität Berlin namentlich Dank sagen, der sich als mein Betreuer um mich kümmerte und viele gute Gelegentheiten zur Studie gab. Von ihm lernte ich auch eine lebendige Geschichte der phänomenologischen Soziologie und eine neue Forschungsmetheode der Videoanalyse. Und auch meinen Kollegen und Kolleginnen, die ich sich immer lustig unterhielt, am Institut für Soziologie an der Technischen Universität Berlin; allen, die mir viele über deusches alltägliches Leben lehrten, bei einem tollen Bierladen Beerbaboon in „meinem Kiez“; allen in Deutschkursen, die aus verschiedenen Ländern kommen; allen alten Freunden und Freundinen in Deutschland, Österreich, Serbien und in ganz Europa, die mich in vielen Hinsichten unterstützten; allen netten im TU Gästehaus, die mir halfen; und allen Leuten, mit denen ich in Konferenzen, auf der Straße, in Kneipen, in Zügen oder so durch Zufall sprache, soll ich von Herzen danken. Ohne Euch wäre mein so fruchtbares eines Jahr unmöglich gewesen. Überall wurde ich immer von Eurer Hilfe und Freudlichkeit unterschützt und dadurch wurde mein Leben in Europa wörtlich jeden Tag voll mit neuen Entdeckungen. Alles, was ich mit Euch erlebte oder durch Euch lernte, ist unvergesslich. Sogar, phänomenologisch gesagt, gehörten schon alle von Euch zu meiner Lebenswelt. Deswegen glaube ich stark, dass wir uns sicherlich in der nahen Zukunft wiedersehen können. Darauf mich freuend fange ich das neue Schuljahr ab morgen mit mehr Mühe an, glaube ich im Campus der Universität Kumamoto, in dem Kirschen blühen. Vielen vielen Dank.

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